SLAM DUNK | ナノ


週末にはだいぶ咲きそう。そうだ、日曜日に花見しようか。嬉しそうに笑う私を抱き上げてお前可愛すぎって言ったこともあったね。あの時わたしすごい恥ずかしくてさ、実はやめてほしかったんだよねなんて。今話せる話題じゃないっていうのはさすがに空気読めてるよ。


店員さんが運んで来てくれたコーヒーはすごく熱くて、猫舌の私はいまだ口をつけれずにいる。向かいに置かれたカップは半分近く残っているのに、寿は急かされるように席を立ち伝票を手にとって進みだした。


「寿いいよ。自分の分は出す」
「いいって。俺が言いだしたんだ」
「そっか、じゃあごめん。・・・ごちそうさまです」
「ん、じゃあまた」


レジに並んでいるあの人はついさっきまで私の彼氏だった人。別れようっていう言葉だけで、この店を出た瞬間赤の他人なんて悲しすぎるな。付き合おう、別れようって言葉だけで人はキスを出来る関係になったりまったく話さなくなったり、そんなことっておかしいよね。でもこれが現実で、今を生きてる人は大抵そういうのを繰り返して恋をし続けているんだろう。


「ごめん」
謝られても困るよ。べつに寿が悪いことしたわけじゃない。普段は喧嘩しても絶対に謝らないくせに、なんでこんな時だけ謝るのよ。謝られ慣れしてないからなんて言っていいのか分からないわ。結局無言の私に寿は何度も謝り続けた。責める気にもなれない、すがることもできない。結局受け入れることしか出来ないんだよ。


「いいよ、分かってるから」
物分りがいいフリとか、そんなんじゃない。すがってもダメって分かってる。ここで私がなにを言っても寿の決意が変わることはない。2人の未来が再び交わることはないんだって。


何度もこうしてお茶したことがある。「お前今日ケーキは?」いつもそう聞いて、一口だけ食べるから私はベリー系のケーキを頼めなかった。寿はブルーベリーだけダメだから。もちろん今日はケーキを食べたいなんて気持ちには一切ならない。当たり前だけど寿も何も聞いてこない。コーヒーの湯気がもくもくと上がる中で寿はカチャリとカップを掴んだ。私は飲むことが出来ず、窓の外を見やった。あ、桜。


結局あの年、花見に行くことは出来なくて。海やお祭、初詣とかいろいろ2人で行ったけど花見だけはしたことないままで。「あそこに新しいお店できたんだって、行こうよ寿」なにも考えないでそんなことばっか言ってたから、もう口癖みたいになってて今もつい桜を見て口走りそうになった。


視線を寿に戻すと普段は砂糖とミルクを入れて飲むのに、今日は何をそんなに急いでいるのかブラックで飲んでいた。眉間に皺が寄っているのはきっと苦味を感じているから。別れ話をしているからだけではないんだから。


「有難うございました」
お会計を済ました寿がとうとうドアを開けて出て行った。残された私は少し冷めたであろうコーヒーをふぅふぅして口に運んだ。ゴクン。水分が一気に身体に染み込むと全身が急にカッと熱くなった。コーヒーの温度は適温なのに。取り入れたばかりの水分が目から涙となって零れ落ちた。


どうにもならないことがとにかく悔しい。どうにかしたいのに。寿のことが好きなのに。気持ちはどうして曲げられないの。なんで思い通りにならないの。好きな気持ちはなんで変わってしまうの。好きじゃなくなることがあるなら、また好きになることがあるの。私が今好きなのもまた変わってしまうものなの。変わりたくない。変わりたくないよ。好きだよ。寿がずっと好きだよっ。報われなくても好きなんだよ。


「なんでそれも言えないのよ」
自嘲するように呟くと、店内にも分かるくらいの強い春風が音を立てて空を舞った。涙で滲んだ私の視界にふわりと桜が散りゆくのが見えた。今年も満開は一瞬のよう。


あの日、抱き上げられた私は恥ずかしさのあまり寿と口をきかなかったんだ。そうだ。そしてその日だけここのベリータルトを買って。


「機嫌なおせよ!な!」


そういうの全部好きだった。寿っぽい行動とか言うこととか全部好きで、


今からでも言いたいことが多すぎて。


気付いたら鞄を掴んでた。急いで店を出て寿がどっちに行ったか周りを見渡す。人が多すぎてよく見えない、黄砂も飛んでいるみたい。ぼやける視界の中に寿に似たシルエットを見つけた。居た、居た、それだけでどこまでも走れると思った。どうか見失ないで、曲がらないで、私が行くまで待っていて。


「ひ、寿!」


背中がハッキリ見えたところで私は今までに発したことないぐらいの大きな声で叫んだ。寿のでかい体はビクッと動いたけど、すぐさま振り向いてくれた。当然驚いていたけど。


「なまえ、どうした」
「はぁはぁ。ちょっ待って。息できな」
「バ、お前走ってきたのか。明日筋肉痛なるぞ」
「ひど、そこまで運動不足じゃない!」
「三年間食っちゃ寝、食っちゃ寝の帰宅部だろうが」
「ふ、ちょっとそんなこと話にきたんじゃないのに笑わせないでよ」


「寿!」
「、ん?」


恋人同士に戻ったような会話が一瞬寿に安堵をもたらし不安を与えた。そんな顔しないで、大丈夫よ私。




「寿、ありがとう。幸せでした」




うまく笑えてるかな。涙が出ていてもそれは大目に見て。





フラワーシャワーの別れ


(桜の花びら散る中で見たのは寿の笑顔でした)



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