SLAM DUNK | ナノ


クラスで見かけるあいつをかっこいいなんて思ったことは微塵にもない。お調子者だし馬鹿だし、とにかくなんかうざいし。のくせ自信家で生意気でどうにもこうにも存在自体が受け付けれない、そんな奴だった。



「は、惚れた?」
「うん」
「あの信長に?」
「うん」
「あんなに嫌いって言ってたのに」
「うん」



紙パックの苺ミルクにストローをぶっ刺す最中だった伊波の手元が大幅に狂う。あらかじめ刺しやすくなっている柔らかい部分に問題なくストローを押し込み、私は昼食後に飲むと旨さ2倍と言われているコーヒーを思い切り吸い込んだ。チュウゥゥと音を立て冷たい液体が勢いよく喉を通りこしていく。実に爽快な昼休み残り10分。



「きのう休みだったじゃん」
「いやまず好きになったいきさつ教えてよ」
「いやだからきのうの休みにたまたま練習試合を見に行ったのよ。見に行ったっていうかうちの体育館でやってたからさ。まー私はたまたま学校に来てたんだけど、」



ピクリと伊波の眉毛が一瞬動いたように見えた。どうやらなんで日曜日という休日に私が学校にいたのかが引っ掛かったらしい。



「なんで」
「諸事情で」
「どうせ川瀬でしょ」



彼女が言う川瀬とは1年の数学を担当しているれっきとした海南高校の教師である。生徒とヤらしい事しちゃったりしているクズ教師だけど。



「、それも昨日で終わった」
「あら不倫卒業」
「うるさい。とにかく体育館に寄ったわけよ。そしたらあいつが居たわけ」



話しているうちに自然と昨日の光景が蘇ってくる。清田が目に入った瞬間はいつもみたいな嫌悪感しか出てこなかった。なぜにこうも自分は清田のことが嫌いなのか。逆に特別視しているほどの敏感ぶりで、あいつの話す言葉は一言一句覚えているくらい。話す言葉に重みのない奴を底辺かのように見下すクセがある私としては、あいつの言葉すべてが超絶ムカツキすぎて忘れられないものとなっていた。



「居たわけで?それがどうしたってゆーの」
「ちょーかっこいいの、あいつ」
「は」
「なんでみんな清田を好きになんないの」
「おい、ちょっと待て」
「気が気じゃないよ、あ、抜け駆けはやめてよね」
「まず好きじゃねーよ。てかべつ信長モテてませんけど」
「あーそうだよね。伊波は名前で呼んでんだよね。出遅れてるな私」
「はーマジでついてけん。なんなの。川瀬と別れたとこまでは納得してあげるけど、なんでそこで信長なの」



そんなこと言われても惚れちゃったもんはしょうがない。まあ私はどうやら好きになったら周りが見えないタイプらしいから?今回も伊波にとっては唐突な報告になったに違いない。恋愛体質っていうのは前回の川瀬からも分かるように好きになったらとにかくなんでもアリなのだ。



「全部ほんとなんだよね」
「だからアンタは話飛びすぎ。なにがよ」
「清田が言ってることって。あれ全部本当だよ」
「なに?言ってることって?」
「えーよく言ってるじゃん。全国制覇とか日本代表とか」
「・・・言ってるっけ」
「覚えてないの!?あんな大きなこと言ってるからそらもう私としてはなに言ってんだこいつ、出来もしないことを次から次に」



「って感じだったんだけどね」



目を奪われることって本当にあるんだなあって思った。どこでパスをもらうのか、誰が今フリーなのか、どの隙間をついてシュートに繰り出すのか。コートで起こるすべてのアクションを見過ごさないその集中力と、相手を一歩も先へは進ませない無言の迫力、敵を威嚇するあの闘志に満ちた眼。全国制覇?日本代表?なれるに決まってる−



「でも清田がいつも言うのはなってやる″とかなってみせる″なんだよね」
「ふーん。知らんけど」
「出来もしないことを口だけで言う奴は大っキライだけど、話が別なのよね」
「信長のこと出来る奴って思ったってこと?」
「うん。マジかっこいい」



いつの間にか苺ミルクを飲み干していた伊波がこれでもかっていうくらい大きなため息を吐いた。私も慌てて残りのコーヒーを口に含む。



「ま、川瀬よりはいんじゃない?」



伊波の一言から私が察するに。さほど興味はないけど、思いの外応援ムードなんだろうと読んだ。というか意外にも川瀬のことを心配してくれていたみたい。その日の最後は川瀬の数学だったけど、私は清田の方ばっかり目線が行って少し後ろめたい気持ちになったんだ。










「みょうじ、また来たのかお前」



昨日の今日だというのに、はやる気持ちを抑えきれずに体育館に足が向いてしまったところお目当ての当人に見つかってしまうというアクシデントに見舞われ中です。



「き、清田の勇士を目に焼き付けようと思って」



緊張から声が少し裏返った。本当のことでもあるしギャグと受け取ってもらってもいいしってことでこの言葉をチョイスしたんだけども、清田は小さくはないその瞳を少し見開いてすぐ顔をしかめた。



「お前オレのこと嫌いじゃん」
「ム、好きだけど!」



売り言葉に買い言葉とはよく聞くけど、きっと清田的には決して喧嘩を売った訳ではないと思う。今までの態度を見ていれば私が清田を嫌っていたのがバレていたとしてもおかしくない。そう。おかしくはないんだけど、好きになってしまった今にそれを言われてしまうと死ぬほどの後悔とショックが私にガーンと襲いかかる。咄嗟に反論する言葉と自分を救う言葉を探したところ出てしまったのが今さっきの好きだけど。あーやってしまった。伊波からまた告白が早いって怒られるよ。今回は不可抗力だって。無理だってあの状況じゃ。清田はしかめ顔から再び黒目の上下に白い範囲を多めに作り、心からの言葉を生みだした。



「なんで急にそうなんだ!?」
「や、その。昨日!」
「きのう?」
「そう!昨日の練習試合見てちょっと考え方変わったていうか、」



もうどうにでもなれ。どうにもならないもの。



「マジか!!!!!」



おや?どうにかなったかもしれない。そう思わせたのは清田の眩しいくらいの笑顔だった。



「なんで!どう思ったんだ!?でもあれだよな!良い風に思ってくれたってのは間違いないんだよな!?」
「え、うんそうだけど?」
「マジかー!!やったぜ!!!!!」



頭にクエスチョンマークが羅列する。いくら数学教師と付き合っていた私でも、こんな難しい問題は解けやしない。



「なに?どうゆうこと?」
「いやお前さ、オレのことめちゃくちゃ嫌いだったじゃねーか。だからよ、いつからかお前にオレを認めさせてやるってのがちょっとした目標になってたんだよな」



カッカッカと天を仰いで大笑いしている清田は事もあろうか「お前すかした奴でオレも嫌いだったぜー」なんて重大な事を結構な大声で言い出した。周りにちらほら人も居て、内容的にはどっちが悪いかなんて分からないだろうけど、とにかく居心地が悪いうえに好きになったばかりの人に嫌いだったとか言われて、しまいには勝ち誇ったように見下されている今の私はとても滑稽だ。恥ずかしくて恥ずかしくてこの場から逃げ出したくてたまらない。



「カーカッカッカ。いや気分がいいぜ!よしみょうじ、存分に見ていきたまえ!!」
「ド、ドエスすぎる・・・」



この流れからその言葉をかけてきますか?もうここまでくると拷問の域に入りかけていますが。軽く振られたうえに嫌いだと逆告白された私は明日からの学校生活、迷路に迷い込んでいますが。



「い、いや清田あの、今日はもう(てか今後もう無理・・・)」
「?よく見たらお前顔色悪いな」



お前のせーだよ。一気に血の気引いたんだよ。フラフラしながらいつの間にか落としていた鞄を拾い校門の方に進行方向を変えると、清田がバビュンと前にまわりこんで私に背を向ける形で膝をついた。



「乗れ!んな顔で帰れるもんか」



それはまさにおんぶを急かすポーズなわけでして。



「いやいやいや無理無理。いろいろとムリ」
「あ〜ホントお前って面倒くさいな」



清田はそう言うと屈伸運動するかのように少し立ち上がって私の左手を強引に掴み、またすぐ膝を曲げて体勢を戻す。自然と私の体は清田の背中にくっついてしまいまして。



「うし、立つぞ」



きっと今私は青い顔じゃなくてゆでダコのように赤い顔をしているんだろう。清田におぶさられた背中で恥ずかしさを噛みしめていると、保健室に行く途中で川瀬とすれ違った。昨日までの彼女(そっちにとっては遊びだったかもしれない女)を見る目とは思えないほどそっけなくて、昼下がりに芽生えた罪悪感はいとも簡単に消えた。その間も清田はお前はそんなんだから駄目なんだとか、そうだマネージャーでバスケ部に入れとか勝手なことを次から次へ言ってきて、すごく煩いはずなのにどうしても口元がにやけた。




第二印象からお願いします。
(後日談:私の好きを告白と思ってなかったあいつ)



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