SLAM DUNK | ナノ


桜木くんがうらやましい。放課後の教室でポツリと呟くと、オレンジがかった綺麗な赤髪が、動揺したのか少し揺れた。


「なんでっすか」


桜木くんは本当に不思議そうに私を見返してきた。素直な人だ、とちょっと笑いそうになる。そんな人だから、洋ちゃんの心を溶かしてあげれたんだと心の底から感じた。


洋ちゃんは私にとってはじめて出来た友達だった。幼稚園から帰ってきたら、毎日のようにどっちかの家に集まって、夜ご飯の時間までふたりで遊ぶの。おままごとしようって言うと、男の子は嫌がる子が多いのに洋ちゃんは「いいよ」って承諾するんだ。だけど、


「ママがごはんつくってあげるね」
「わあい!なまえもてつだうよ!」


お母さん役は決まって洋ちゃんだった。あとで知ったことだけど、洋ちゃんにはお父さんがいなかったから。子どもの頃の無邪気さ故、とんでもなく失礼なことを言ってしまってたんじゃないかと、今でも心配になる時がある。


小学校にあがったら、洋ちゃんにとってすべてだったと言ってもいいお母さんが蒸発した。両親どっちもいない不幸な子として、洋ちゃんはたちまち有名になった。いい迷惑だと思う、ホントに。


「洋ちゃん」
「なに?」
「みんなのママとかパパとか気にしないでいーとおもうよ」
「気にしてないよ」
「ホント?」
「うん、だってオレにはなまえがいるもん」
「あたりまえだよ」


そう言ったのに、学校で話しかけてもどんどん心を閉ざしていく洋ちゃんを私はどうすることも出来なかった。中学に上がる頃にはまったく口もきかなくなり、洋ちゃんは入学早々学校に来ないで喧嘩ばっかりしては警察のお世話になることを繰り返した。


「洋ちゃん、」
「…」
「なんで、なにも話してくれないの」
「…」
「洋ちゃん!」
「その呼び方、やめろ」


それが洋ちゃんとした最後の、会話。


「桜木くんには優しいよね」
「あいつは誰にでも優しいですよ」
「、そう」
「オレは…洋平は、なまえさんに対してが一番優しいと思います」
「ないない、嫌われてるもん私」
「洋平は愛想笑い、もっと上手にやりますよ」
「え?」
「あるひとりに対して特別冷たいっていうのは、特別優しくしたいことと同じです」
「…」
「多分ですけど洋平の奴、」


桜木くんの顔がいつもよりずっと深刻だったから、ありもしないその話をつい聞き入ってしまった。洋ちゃんが信頼してる桜木くんの言うことを信用しないわけにいかない。放課後に響くチャイムの音がやけに頭に残った。教室の外にひとつの影が揺れていたことを、ふたりが知ることもない。





(なまえさん、洋平のことで悪口言われたことありませんか?)





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