「先輩、どうしたんですか?」
翌日、会社で後輩が私の顔を覗き込みながら、そう尋ねてきた。
よっぽど辛気くさい顔をしてたんだろうな、私。
「ちょっとね。気疲れ」
「まぁ、最近残業多いですしね。…コーヒーどうぞ」
「ん、さんきゅ」
渡されたブラックのコーヒーをすする。苦さが疲れた頭を突き抜ける。
ふと時計を見ると、19時を回っていることに気がついた。
「今日、早めに上がるね」
「えっ、今晩の合コンは!?」
あー、合コンあったんだっけ?
私は、後輩の肩をポンと叩き、
「任せた」
「えっ!?」

家へ帰ると、
「おかえりー」
またテレビ見てやがるよ、コイツ。
「癒やしなんか全然提供されてないんだけど…」
「ん?何か言った?」
「いや、何にも」
私はスーツを脱ぐのもそこそこにキッチンへ向かった。晩ご飯を作んなきゃ。
ふと冷蔵庫の前で手を止めて尋ねた。
「そういや、あんた何食べるの?」
「俺?こんな体になったし、何食っても大丈夫だけど」
「何食ってもって、アンタ基本的には犬じゃん。食べちゃいけないものくらいあるでしょ」
「これでも普通の人間の身体だし、大丈夫。好きなモン作ってよ」
いや、作ってよも何も…。
仕方ないので、手軽にカレーを作った。
「何コレ!うまっ!辛っ!」
「…どっちよ」
感激の叫びを上げ続ける男を横目で見ながら、黙々と食べ続ける私。
「…そういやあんた、私がつけてあげた首輪はどうしたの?」
今、気がついたこと。私がこいつを拾った時、近くにあったペットショップで買った首輪をこいつにつけた。その首輪の形状は変わったもので、ネックレスの形をしている。犬にネックレスなんか…と思いながらも買ってしまった。これが衝動買いということを後になって気がついた。
そんなネックレスを彼は今付けていない。せっかく、買ったんだから、どこにやったかのかぐらい教えてほしい。
「ん?あの首輪?窮屈だったから、」
まさか、捨て…
「手首に巻いてる」
られてなかった。捨てられてたら、こいつを追い出しているところだ。
「それ、大切にしてよ。高かったんだから」
「分かってるけど、これのチェーン換えてくれよ。手首につけるより、首につけたいし」
ずいっと目の前に左手首を差し出された。
手首に巻きつくチェーンに、その先でキラキラ光る、青い小さな透明の石。宝石なのかどうかまでは知らない。
「そんな、いきなりチェーンなんて言われても…」
棚の中を探してみる。あまりつけないネックレスのチェーンぐらいなら、あげられるかもしれない。
「金のチェーンが欲しいな〜」
「文句言うなっ!」
結局、
「……」
「これでいいでしょ?」
銀になった。
「銀はすぐに黒ずむよ」
「どこでそんな知識、手に入れたの」
ブツブツ言い続ける男を放って、私は空になった食器を持って立ち上がった。
これを洗ったら、お風呂入って寝よう。今日はすごく疲れた。
「なあ、」
男に呼び止められた。
「あんたの名前、教えてくれよ」
「はぁ?」
「だって呼びづらいじゃん」
はぁとため息を吐くと、これだけ言ってやった。
「あやめ」
男は突然、ニヘラッと笑い、
「あやめちゃ〜ん」
………
「キモい!」
足元にあったクッションを投げつけた。よし、クリーンヒット。
「ぅう…ひどいや……」
「自業自得よ」
「ん、まあそれはいいとしてさ……」
男が鼻をさすりながら、
「俺の名前つけて」

シュウ。私が昔飼ってた犬の名前。
シュウ、ごめんね。よく分からない犬男にシュウの名前あげちゃったよ。
名前を貰ったのが余程嬉しかったのか、シュウはずっと興奮していた。
めんどくさくなって、皿洗いを全部シュウに任せた。私はお風呂入って寝た。




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