ごった煮 | ナノ

ドントマインド!

捏造多々あり。


 空に浮かぶ島、スカイロフト。そこでは住まう者は皆、ロフトバードと呼ばれるパートナーをもっている。それは私も例外ではない。出会いかたに例外はあれど、パートナーがいない者は存在しないのである。そんなパートナーことロフトバードは、ここスカイロフトで生活する上で大層な意味を持っている。本島から離島への唯一の移動手段なのは勿論、ちょっとした荷物の運搬から手紙配達、祭事などの儀式においても主役級の席が与えられている。つまり、ロフトバードという生き物は人とは切っても切れない縁にあって、この空の世界では人と同じ存在なのだ。死ぬまで共に寄り添いあう関係なのだから、ある意味生涯を共にする人のパートナーや家族よりも身近である。
 であるからして、人の評価においてロフトバードに関することが一つの材料となることも、ごく自然な話であった。男性ならば如何にして勇ましく巧く操れるだとか、女性ならば品良く優雅に乗りこなせるかだとか。ロフトバード自身の美しさなんかもその一つだ。あとは、ロフトバードを呼ぶ際の、
「ふっふぃ、ひゅうっ!」
「……。空気が抜けてるだけだね、ナマエ」
 指笛も、その一つなのである。がしかし、どいうわけか、私は生まれてこの方一度も指笛ができた試しがないのだ。そう、一度たりとも。これがまだ、ロフトバードが存在しない世界ならいいのかもしれない。普通なのかもしれない。けれども、ここは空に浮かぶ島、スカイロフト。巨大な守護鳥、ロフトバードと共に生きる場所である。そのロフトバードを呼び出す指笛が出来ないとあれば、当然評価はマイナスされる。それはもう、ぐーんと。酷いときには人間ではないと言われるくらいだ。そうして騎士学校では格好のイジメ対象とされ続けて早数年。今日も今日とて幼馴染みであるリンクにレッスンしてもらっていたが、まったくできるどころか成長する兆しすらなかった。努力は報われるだなんてちっぽけな言葉を胸に今まで頑張ってはいたが、そろそろ限界だ。
 はじめは指笛がダメなら笛で、とも考えたが、ロフトバードという生き物に一度自身を呼び出す音を覚えさせてしまえばなかなか忘れさせることは難しい。何せ遠いところにいても、誰かが同時に指笛をしても間違えずパートナーを拾いにいくのだから。音というよりは振動とか音波とか、そういうもっと深いところで認識しているのだ。そんな理由だからこそ、笛で、と言った瞬間に家族に猛反対された。「笛で呼び出すだなんて、そんな恥晒し、誰も嫁にもらってくれないじゃない。ただえさえガサツで不器用で剣だって大してできないのに」とは母の言葉である。
 学校の先生もそんな私を最初は励ましてくれたが、今では私だけ特別にロフトバードを地に住まわせることを許可してくれている。どういうことか。つまり、私のロフトバードだけに小屋が与えられ、普段ロフトバードはそこに住み、必要とあらば私がそこまで赴いてロフトバードに乗る。ということだ。空に住まう者にとって、普通は考えられないようなことである。というか、普通人が聞けば抱腹絶倒な話だ(実際幼馴染み以外の言う人聞いた人全てに笑われた)。だからこそ鳥乗りだけはできるようにと訓練して、鳥乗りはセーフな成績なのだ。けれど、そういう理由から“ハウスバード”だなんて大変不名誉なあだ名が、私のロフトバードにつけられてしまっている。空を自由にのびのびと飛行する存在に、家という狭い場所の言葉をつけられることの悔しさといったら、いっそダイビングして雲の彼方に消えてしまいたい程だった。
 そんな私に付き合ってくれるリンクは、毎回レッスンを終える度に首を傾げるだけであった。が、
「そこまで指笛ができないのも逆に不思議だよね……どうしようか」
「うぅ……」
 今回は違う。少々、焦りぎみになっていた。あのおっとりとしたリンクが。当然だ。あと数ヶ月としないうちに、鳥乗りの儀が迫っている。今までは多目にみてもらっていたが、騎士見習い昇格試験も含んでいる此度の儀においては、それは許されなかった。騎士見習いともなれば実践授業やレスキュー補佐など、空に向かう回数は増え、緊急時を予測しての抜き打ち飛行訓練だとかも格段に増えてくるのだ。中にはタイムを競うものも多くある。当然、こんな私ではビリ決定というか、先生方もいちいちハンデを設けるのが面倒なのだろう。ついに、指笛を習得しなければ昇格、つまりは進級を認めないとのお達しがきてしまった。
 そうして泣きついた先が毎度お世話になっている幼馴染み、リンクである(彼以外、もしくは彼女以外はアホらしいと取り合ってくれないのだ)。リンクも長年許されてきたことが覆されたことに方眉を上げたが、その時も快く引き受けてくれたのだ。けれども、先程も述べたとおり、成果はゼロ。こればかりはリンクの教え方が悪い、だなんて責任転嫁はできないし許されない。まったく自分のせいだった。
 うーん、と、リンクが首を傾げながら唸った。
「もう手立てがないよ……。笛じゃだめなの?」
「笛なんぞで鳥乗りの儀でロフトバードを呼んでごらんよ。進級目前にして母さんにあの世に葬られるから」
「……どうしよう、否定できないどころか、容易に想像できちゃうんだけど」
 遠い目で言えば、リンクも彼方をみて呟いた。我が母は体裁と伝統と礼儀に大変厳しい人である。リンクも何度か母の鉄拳をくらった経験者であるし、私がそのことで怒られている現場を幾度も目撃している。此度の鳥乗りの儀のことを話した際もリンクは隣にいたが、何としても娘に指笛を習得させろとの命を受けていた。あれ、もしかしてこれは私ができなければリンクも道連れになるフラグでは……? リンクも同じ結論に至ったのか、逃げていい? と顔を青くしている。ちなみにリンクは私より一つ学年が違うので、今回の鳥乗りの儀には参加しない。だからこその問いかけである。私は神妙な顔でリンクの両肩を掴んで、整った顔を覗き込んだ。
「私があの世に逝っても、ゼルダと仲良くするんだよ。バドなんぞにゼルダとられたらあの世から呪ってやるから覚悟しな。ああ、私のことならご心配なく。あの世でノンキにカボチャ栽培してるから!」
「なに物騒なこと言ってるのさ!」
 流石リンク。いいツッコミだ。そうだ。別にあの世に逝ったって、色々楽しいことはあるじゃないか。よし、もう諦めよう。ここまで付き合ってくれたリンクには大変申し訳ないが、諦めよう。さらば私の人生。さらばスカイロフト!
「と、いうわけで今日は解散しようか、リンク」
「え、」
「だってもう無理だし。時間の無駄だよ」
「いやいや、ちょっと待ってよ。それじゃあ、僕も葬られるんだけど」
「いや、まあ、流石に他人(ひと)の子までは手は下さないと思うよ。――……たぶん」
「ねえ、今たぶんって言ったよね」
「何なら、しばらく寄宿舎に引き隠っていればいいよ。あはは」
「…………」
 半眼でしらーっとこちらをみるリンクに、私はごめんと短く謝罪した。いや、まったくもって申し開きのしようもない。お詫びに過去問をあげよう。確か、リンクの学年は期末の筆記テストが近かったはずだ。そう述べれば、リンクはテストまで引き隠るのか、と肩を落とした。いやホント、すみませんでした。リンクが肩を落としたせいで空いた手でリンクの頭を撫でてやる。相変わらずふわふわな髪質だ。触っていて気持ちがいい。数秒そうしていれば、何を思いついたかリンクはねえ、と声を上げた。するりと、リンクの頭は私の手から逃れた。
「前から思ってたんだけどさ。おばさんが怒る理由って指笛ができないだけなの? にしては、やたら焦ってるよね。とくにここ数年」
「う」
「やっぱり」
 で、なに? とリンクは再び首を傾げながら言う。何で変なところで勘が良いのか。言葉に詰まった。実はまだ、嫁入りが危うい、という系統の話しは他人にしたことがないのである。何故って、そんなの恥ずかしいから以外に何の理由がある。そこは珍しくも母子共に同意見であった。まあ私はぶっちゃけてしまうとまだまだ結婚なんて考えていないのだが。母はそうではないので困った。
 じっとリンクはこちらを見ている。早く答えて。言外の要求であった。どうしよう。答えるべきか。幾度か口を開閉して、息を吸った。ここまで手伝ってもらって、何も教えないのは失礼だろう。と思って、いや、あのさあ、と切り出した。
「どこにも嫁げないんじゃあないかってね。母さんの悩みの種はそれなのよ」
「嫁ぐって」
「ロフトバードを自力で呼び出せないやつなんか、誰がもらってくれるのさ、なんて毎日言われてるよ。まったく、気が早いんだから。リンクもそう思わない?」
「………………」
「リンク?」
 リンクは、考え込んでいるのか腕を組んでいて反応がなかった。なんだ、今の会話にそんなに考え込む要素があっただろうか。それとも、笑いを堪えているのだろうか。どちらにせよ、沈黙はいたたまれないのでやめていただきたいのだが。おーい、と目の前で手を振ってみれば、リンクは組んでいた腕を解いて、こちらを見た。表情は何故か晴れやかである。そんなリンクは、ぎゅ、と私の両手を握りしめて、顔を近づけてきた。え、あの、近い。近いよ、リンクさん。なに、と問えばパアッとさらに明らむリンクの顔。
「僕たち、葬られずに済むね」
「いやいや。今の話し聞いてたのかいリンクさん。どうしてそう思うの」
「だって、きみの貰い手がいればいいんだろ? なら簡単じゃないか」
「喧嘩を売ってるのかな。買うよ?」
「そうじゃなくってさ」
「……じゃあなに」
 睨めつければ、リンクは照れ臭そうに頬を赤らめた。なぜだ。意味わからん。今度は私が早くしろと目で訴えた。すう、と息を吸い込むリンクを見守ってやる。ぱちくり。互いに一度瞬きした。
「だから、ナマエを僕がもらえば万事解決、でしょう?」
 空気が固まった。今、こいつなんて言った。
 呆然とする私をよそに、リンクは「どうせ他にもらう人はいないし、名前だってもらってほしい人いないからいいよね」などと抜かしたので、とりあえず母直伝のチョップをお見舞いしてやった。
 すると頭をおさえつつ「顔真っ赤」と指摘してきたので今度は母直伝の回し蹴りをお見舞い、
「そう何度もくらうわけないでしょ」
 しようとしたのだが気づけばリンクとの距離がゼロに等しくなっている。何が起きたか理解できずにいれば、いつの間にかリンクの顔が目と鼻の先にあって狼狽えた。前髪をかきあげられ、ちゅ、だなんてかわいい音が鼓膜を揺らしたと同時に、額に感じる熱。
「好き、なんだ。ナマエのこと」
 碧眼をやわらく細めて告げるリンクに、え、あ、う、とどもる。幼馴染みとしか意識してこなかった男からの突然かつ脈絡のない告白なのだ。驚いてどもる他なかった。もう、わけがわからない。どうして、こうなった。
 頭を抱えそうな勢いの私などお構いなしに、だから僕のお嫁さんになってくれるとうれしいな。そう言って、リンクは私の左手の薬指に口付けた。

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