ごった煮 | ナノ

手を引いておくれ

 それは、本当にただの気まぐれだった。
 ヨーギラスが欲しいかなあ、なんて思ってすさまじい量の雪が吹雪く極寒のシロガネやまに足を踏み入れたのは、本当に、気まぐれだった。
 カントーとジョウト、どちらのバッチも持っているし、これでも両リーグを制覇した元チャンピオンである。間違っても不法侵入とかではない。
 しかし、それも数年前の話で、それ以降はエンジュシティで大人しく隠居していた。
 そんな自分が気まぐれにヨーギラスが欲しい、なんて考えだしたのは、偶々テレビのカントーのジムリーダー特集を見たからだった。
 その時はチャンピオンの座に就いたこともある、現カントートキワジムのリーダー・グリーンの特集。彼の手持ちであったバンギラスに一目惚れ(?)し、どうせならば一から育てようと思い遥々ここまで来たのだが……正直馬鹿やっちまったよこのヤロウと数時間前の自分を叱咤した。
 ……恥ずかしい話だが、ブランクがあったことをすっかり忘れていたのである。
 そこまでバトルの腕がなまったわけではないが、やはり若干反応が遅くなっていた。
(……うぅ、ごめんよみんな)
 ほんの刹那でさえ、強者あいてならばそれが永遠の、文字通り命取りになりかねないのだ。自分の馬鹿らしさにため息が止まらない。
 隣で、フラッシュを使い辺りを照らしてくれているレントラーが馬鹿にしたように鳴く。
 あらゆる方向から襲いかかってくるポケモンを適度にいなしながら、少しばかり自分の気まぐれに後悔した。



 随分と歩き、時は数時間は経っただろうかと思う。時折水を飲んだり、携帯食料を食べたりしながらも進み、いよいよ最深部と思われるところまでやってきた。
 ――が。
「はぁ、くそっ」
 はぁはぁと上がる息。なにも、下がったのは己の能力だけではなかったことを思い知る。寧ろ、こっちの方が重症だと言えよう。――それくらい、自分の体力は落ちていた。
 元気と希望に満ち溢れて、あちこち駆けずり回っていた頃なら、これくらい、どうってことなかったはずだったのだ。
 適度に、運動しておくべきだった。
 しかも、どんどん進んでいるのに、ヨーギラスはおろか、親であろうバンギラスも現れない。……最悪だ。
(申し訳ないけど、帰りはウインディに頼もう)
 ハッキリ言って、これまでの距離を再び歩く体力はもうない。ウインディが入っているボールを手にとって、ボール越しにウィンディ謝った。わふぅ、なんて呆れたような声をだされてしまっては、しょげる他ない。
 はあ、と息を吐き出してウインディのボールをホルダーに戻した。
 それから、気が重いなか辺りを見回す。
(最深部辺りのはず、なのに。なんか、こう静かっていうか……)
 いくらブランクがあったとしても、その場にいるポケモンの気配くらいはわかる。しかし、ここにはあるべき気配が感じられなかったのである。てっきり、最深部は、もっと屈強で、凶暴なポケモンがいると思っていたのだが。事実、シロガネやまに生息するのはそういった類いのばかりで、それ故に一般や力無き者の登山は許されていないのだ。今回探しているヨーギラスの最終進化形態、バンギラスなんかはその筆頭にくると言ってもいい。だが、辺りを何度見回しても、姿どころか、足跡すら見つけられない。そのことから、長いことこの辺りにポケモンがいないらしいことを悟った。
「変、よねぇ」
 ここまでくれば、偶然というには、あまりにもおかしく、またこれが弱肉強食という自然社会故の必然というには、あまりに閑散とし過ぎていた。
 まるで、ここを避けているようにすら思えてくる。
 一体ここに何が? 
 好奇心が湧くのに、大した時間はかからなかった。
 それを察したように、隣のレントラーが行くのか、と鳴き声を上げた。
 それに、コクリと頷くことで返す。
 ここまで来たのなら、あと少しくらい進んだって変わりはしない。
 手持ちのポケモンは、いくらブランクがあったとはいえ、鍛えに鍛えぬいた、自慢の子たち。自分がへばっていても、この子たちの体力はありあまっている。
 ――答えはもちろん、
「行こう。もしかしたら、伝説のポケモンがいるかもしれない」

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