>> 少年、恋をする 「二人ともやっとくっついたんだね!」 店長はニコニコしながら言った。隣にいるアレンを見ると何故だかバツの悪そうな顔。ん?やっと? 「アレン君も片思い長かったねえ」 店長がしみじみと遠くの方を見て言った。片思い?長い? 「あの、店ちょ「ひかりそろそろ時間ですよ」あ、うん」アレンが私の言葉を遮って手を引いた。店長は「あれ?アレン君ひかりちゃんに話してないの?」とからかうように言ったがアレンは答えることなくずんずんと前に進んでいった。 アレンさん、話が全然見えないんですけど! ―――少年、恋をする 「ねえ、アレン」 「なんです?」 コーヒーを飲みながら本を読むアレンに話しかける。返事はするものの読書に夢中のようで目線は活字を追ったまま。 「いつから私のこと好きなの?」 「ぶっ げほっ!はあ?」 飲んでいたコーヒーを吹き出してむせかえる。なに、私悪いこと聞いた? 「特に意味はないけど・・・」 「もしかして、コムイさんの言ってたこと気にしてます?」 その通り。片思いだとか、やっとくっついただとか、まるで全部を知ってるような言い方だった。考えてみれば、私はアレンがなんで私を好きなのか知らない。 知りたい。 アレンは右手で口を覆って少し渋っているような顔をしたが、私が黙って見つめていると観念したように話し始めた。 あれはまだ八月の暑い頃、僕はその時二階のレンタルブースではなく、一階の販売ブースでバイトをしていた。 毎日沢山の人が訪れ、レジに来て会計をする。客一人一人の顔なんていちいち覚えられるわけがないけれど、数人だけ覚えている客、いわゆる名物客がいた。 その一人は女子高生だった。だからといってとりわけ美人だとかそういうのではない。どちらかと言うとちんちくりんの部類に入る。 じゃあ、なんで覚えるかって?単純なことだ。彼女は毎日やってくる。本当に毎日。しかも長時間。お前の家かってくらいにいる。きっと黄色のリュックという目立つ格好も原因だろうとは思うけど、それを差し引いても彼女は来すぎだ。 そして事件は起こる。 「いらっしゃいませ〜」 気怠げな態度がばれない程度に適当に挨拶をする。横目に黄色がちらついた。「来たな」僕は横目で確認しながらレジ打ちを続けた。 彼女は軽い足取りで新書のコーナーに行って平積みにされた本を手に取り、パラパラと読み始める。「始まった」彼女はこの体制になったら30分は動かない。 僕の日課は彼女を観察すること。たまに笑いをこらえて肩がプルプル震えたりする。本当に稀だが吹き出すこともある。でも真面目に読む横顔はとても大人びて見えた。きっと気品のある人なんだろうな。 いつもの彼女はひとしきり本を読んだ後、買わずに帰っていく。僕はいつも「買えよ」と悪態をつくのだけど、今日は違った。彼女は本を一冊手にとってレジに並んだ。珍しいな、と横目に見ながら目の前にいる客の差し出した本のバーコードを読み取り清算する。「ありがとうございました」と本を渡し、お辞儀をする。そして頭を上げたら彼女が立っていた。偶然にも彼女は僕のレジに来た。バイトに来れば確実に彼女を見るけど、レジをやるのは初めてだった。 彼女は「お願いします」とにっこり笑って本を差し出した。僕は黙ってバーコードを読み取り、さっきと同じように清算する。「540円です」僕がそう言うと彼女は財布をあさり、小銭をジャラっと置いた。内心面倒くさいと思いつつ、丁寧に小銭を数えた。 足りない。535円しかない。500円玉が一枚、10円玉が三枚、5円玉が一枚。うん、足りない。彼女を見ると、相変わらずにっこり笑っていて、お金を足そうとする様子はない。 「あの、お客様・・・」 「はい」 彼女はにっこり笑う。 「5円足りないのですが・・・」 「えっ」 彼女は出した小銭を確認し、みるみるうちに顔が赤くなっていく。そして小さく「すいません」と言って5円玉の代わりに10円玉を出した。どうやら10円と5円を間違えたらしい。「僕もたまにやるよ」と密かに同情する。そして彼女は足早に店を出て行った。 買った本を置いて。 「お客様っ」 僕は走って黄色のリュックを呼び止めた。彼女は僕の手にある本を見て、自分の手を見て、もう一回僕の手を見て赤面した。 「重ね重ねすいません」 「いえいえ」 それから僕は何故か彼女のことばかりを考えるようになり、彼女が読む本に興味をもった。閉店後に彼女が立っていた場所に立って同じ本を読むようになった。 コムイさんはそれを見逃さなかった。 「あの子が気になるの?」 「わ!急に話しかけないでくださいよ」 「ふふーん。せっかくアレン君にいいニュースを持ってきたのになあ」 「ニュース?」 コムイさんが一枚の書類をペラペラ見せた。 「彼女の名前知りたい?」 訳が分からなかった。なんでコムイさんが彼女の名前を知ってるんだ? 「なんで、知ってるかって?」 ここに履歴書があるからだよ。 「来月から木村ひかりさんという人がバイトとして入るよ。 君には、彼女を指導してもらおうかな、アレン君」 事実は小説よりも奇なり、なんてよく言ったもんだと思う。 「あの時の店員さん、アレンだったんだ!」 「やっぱり覚えてなかったんですね」 「恥ずかしすぎて見れなかったんだよ」 彼女、ひかりは恥ずかしそうに言った。 「今からタイムマシンに乗ってあの時のひかりをいじり倒したいです」 「えげつなっ」 僕はあの時からずっと、ひかりが僕を好きになるずっと前からひかりのことが好きだった。 でもそんなこと、絶対言ってやんない。僕は何事もなかったように本を読む、フリをした。 少年、恋をする prev//next |