02





 キッタくん――キッタカタリというのがフルネームだったと思う。(ぼくはこと人名に関しては記憶力が怪しい)
 彼は……もとい、彼女は(そう、たまに混乱するけどキッタくんは女の子だ。たとえ男物の黒い中国服を着ていても。そしてぼくよりかっこよかったとしても!!)キッタカタリはぼくのクラスメイトで、この九月から転入してきた転校生だ。
 「眉目秀麗」とか、「才色兼備」とかそんな言葉が似合うような、そんな転校生をみんなが放っておくはずがない。ぼくがその転校生と、どうして知り合いになったかについてはキッタくんに聞いてほしい。ぼくよりよっぽど要領よく、そして面白く語ってくれることだろう。キッタくんはそういうのが得意らしい。人になにか話したりとか、語ったりとか、そういうことが。

「気分転換にコーヒーのおかわりでも淹れてくるよ」
 そう言ってキッタくんが立ち上がった。
 そう、ぼくはいまキッタくんの部屋で、キッタくんが淹れてくれたコーヒーを飲みながら、キッタくんの『禁后』なる怪談話に耳を傾けている。……って、まだ言ってなかったっけ?
「豆を挽いてくるから待っていてくれ」
「豆? そんな、いいよわざわざ。インスタントとか適当なので」
「インスタント?」
 キッタくんの片眉がぴくりとひきつる。
「君が言っている『インスタント』っていうのはインスタントコーヒーのことかい? カップに粉を入れてお湯を注ぐだけの、限りなく泥水に近い液体のこと?」
「え?」
「冗談じゃない。あんなものを飲むくらいなら水道水でも飲んでいたほうが百倍ましだね。それとも君、僕の淹れるコーヒーよりインスタントコーヒーの方がいいとでもいうのかい?」
「ちょっと、違うって。キッタくん!」
 早口でまくし立てるキッタくんを押しとどめる。
「なんだい?」
「ええと……」言葉を探す。インスタントコーヒーくらいでなんでこんな怒られなきゃいけないんだ。「わざわざ淹れてもらうのちょっと悪いかなって思っただけで、喧嘩売るつもりはなくって。その、もっと簡単な飲み物ないのかなあって、それだけのことで」
「簡単なもの、ねえ」
 キッタくんが腕を組む。うっかり地雷を踏んでしまったらしい。でもまさか親の敵じゃあるまいし、「インスタントコーヒー」でスイッチ入るなんてわかるわけないじゃないか!
 ……やっぱりわからない人だ。
 キッタくんは顔を上げて言った。
「水。それか備え付けのお茶しかないな」
「じゃあお茶でもい」
「ただ、僕がこの部屋に来たときから置いてあるもので、いったいいつから置いてあるのかわからない。僕も一回も手をつけてないから品質は保証できないな」
「……じゃあ、コーヒーで」
「まかせたまえ」
 キッタくんは得意げに笑った。その背中が奥に向かったのを見届けて、ぼくはソファに深くもたれかかった。なんだかひどく疲れてしまった。……コーヒーのことは別にいいんだけど。
 キッタくんの話に聞き入っているうちに、つい前のめりになっていたらしい。ふかふかの背もたれに頭をもたせる。
 天井が白っぽい。和室暮らしのぼくにはそれだけで新鮮だ。ここで寝泊まりするっていうのはどんな感じなんだろう。ちょっと想像できない。

 キッタくんは転校してきた当初からホテルに泊まっている。町外れにぽつんと建っている、決して交通の便がいいわけではないホテルに。――それも地元ではモンスターホテルなんて呼ばれているホテルに。――ぼくもキッタくんが来るまで、こんな所には来たこともない。キッタくんは普段この部屋でどんなふうに過ごしているんだろう。家族の人はまだ来ないらしい。
 ――そういやこの部屋、前と来たときと違うよな。いつ部屋を移ったんだろうか?
 前はもうちょっとこう、ビジネスホテルの部屋、みたいな感じのワンルームだったのに。今日来てみると、スイートルーム……とでもいうのだろうか。完全に別の部屋になっていたのは驚いた。二部屋続きになっていて、奥のほうには相撲取りが二、三人乗れそうなベッドが見える。窓も大きいし、かなり良い部屋だ。応接スペースのソファもふっかふかだし。
 ふっかふか……とやっていたところに、正面からキッタくんが姿を見せた。両手にマグカップを持っている。ぼくと目が合うと
「お待たせ」
 と意地悪く笑った。ぼくは決まり悪く姿勢を正した。悪いことをしていたわけじゃないけど、変なところを見られて気恥ずかしい。キッタくんが湯気の立つマグカップを机に置いた。

「良いソファだろう?」
「そうだね、本当にね」
 やけくそ気味に答える。
 ……本当に、意地の悪いやつだ。
 正面に腰を下ろしたキッタくんをにらみつける。キッタくんは涼しい顔でコーヒーをすすった。
 ぼくも自分のコーヒーに手を伸ばす。
 テーブルの上にはまだ、ファイルが開いたままだった。
「それにしてもよくできてるね、これ」話題を変えたくて、ぼくはそう切り出した。「全部紙でできてるとは思えないよ。触ってみてもいい?」
「ああ、これのことかい? 構わないよ」

 ぼくは伸ばした手をファイルに移した。
 手元にたぐり寄せる。紙がぱんぱんに詰まっていてかなり重い。分厚いバインダーファイルだ。
 見開かれたページの上には、さっき話していた『禁后』の家が起立している。――ああ、やっぱり『飛び出す絵本』のあれと同じだ。ここだけ紙が厚紙の二重張りになっていて、ページを開くと二階建ての家が立ち上がるようになっている。閉じて、開いて、『飛び出す禁后』だ。
 上から見てちゃんと一階まで見渡せるように、二階がずれこんで配置されていたりと、かなりうまい具合に作り込まれている。

「きみが作ったの?」
「いいや」キッタくんはぼくの様子を面白そうに眺めている。「これは――というより、このファイルは僕が作ったものじゃないよ。別の人」
「へえ……」よく見てみると鏡のところとか、アルミでも貼ってあるのかちゃんと鏡張りになっている。あきれるほど精巧だ。……ということはこの髪の毛は、本当に本物なんだろうか。
「すげー執念……」
 するとキッタくんはこらえきれないとでもいう様子で「そうだね。その通りだ。すごい執念」――ぼくの発言のなにかがツボに入ったらしく、笑いをこらえながら「これを作ったやつはオカルトマニアというか、なんだろうね。心霊や怪談というものに心血を注いでいた。変質的なまでにね」
 そしてキッタくんは顔を見てにやにやとした笑みを浮かべた。
「かなりの変人だったよ。その『禁后』の仕掛けも嬉々として作っていた。この半紙も彼の自筆だ」
 そう話しながら『禁后』と書かれた半紙を二つに折って次のページに挟みこむ。……キッタくんをして変人と言わせるとは、その誰かはただならぬ変人らしい。

「Tくん君、今失礼なことを考えただろう」
「いやまさかそんな」
「顔に出ているよ。――それで、君のほうはまとまったのかい?」





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