04





 日の病もありますからあまりご無理はなりません水でもいかがですとコノシロくんが言った。大丈夫ですちょっとぼうっとしただけでとぼくは答えた。立ちくらみだと思う。それか、頭が痛いから。でも吐き気はしないから大丈夫です。うつむいた、視界の端を虫が通っている。
 面をご覧になられましたかと彼が言った。面は鬼の顔をしている。でも角はない。ツノのない鬼だ。牙がある。木彫りで、外国の鬼みたいな、額に目がある。日本では三ツ目信仰は珍しいですからって彼は言った。
 その面を、
 ああ、虫っていうのは、本当に虫で、極太麺のうどんみたいな図体なんだ。積まれた本の間をのそのそと這っていて、それで、


「それで、どうしたんだい?」

 と、三ツ目の面が言った。

「……え?」
「話の続きさ。古馴染みの古書店に呼ばれて奇妙な面を預かった。店には見慣れぬ男女がいた。その続きさ」
 声は頭の上から降ってくる。ぼくは――ぼくは、いつの間にかうずくまってしまっていたようだ。酔っ払いのように、口元を手で覆って、吐いてはいないようだが、頭がぐらぐらする。気分は良くない。
 辺りは暗い。砂粒もなんとなくおぼろげで草なんだか石なんだかといった――砂。なんで? 地面だ。いつの間に?

「ねえ、聞かせてよ『寺生まれのTくん』? 人の話を聞くのは好きなんだ」

 ぼくは顔を上げた。
 ぼくを『Tくん』と呼ぶその人は、

「キッタさん?」
「そうだよキッタさんだよ」

 面の奥からくすくす笑う声が漏れる。
 悪戯っぽく笑うその感じには覚えがある。つい昨日別れたばかりだからさすがに頭に残っている。キッタカタリ。キッタさんというのは――ついこの間知り合ったばかりのクラスメイトだ。転入生で、幽霊ホテルに住んでいたり怪談事に首をつっこんでみたり、ちょっと変わった人には違いない。
 現に今も、お面なんかつけて――あれ?

「そのお面……」
「なかなか似合うだろう?」

 得意げに言うその顔。かぶっているのは間違いなくあのお面だ。今にも大声で怒鳴りつけてきそうな木彫りの面。堺屋のじいちゃんとこの物置から見つかったっていう、ぼくが預かった面だ。

「どうしてきみがその面を?」

 それにここはどこなんだ?
 ぼくは堺屋の台所にいたはずなのに――。いつの間にか屋外にいた。時間も、今はいつなんだろう? もう日は暮れてしまったのだろうか。空の色はなんともいえないオレンジ色で、薄暗く、目がちかちかするような感じがする。生ぬるい風がゆるゆると吹きつけている。

「どうでもいいじゃない、そんなこと」

 痺れを切らしたようにキッタさんが言った。キッタさんは着物を着ているようだった。無地の、色はよくわからない。目が視界の変化についてきていないような感覚を覚える。

「ほら、早く行こうよ」
「ちょっと待ってよ。どこ行くわけ? それにそのお面――

「質問が多いやつだなあ。どこ行くって、お祭りだよ。お祭り。今日はお祭りじゃないか。この町の祭りではみんな面をかぶるんだろう?」

 そう言って、三ツ目の面は笑ったような怒ったような顔をぼくに見せた。

「早くしないとお神楽が始まってしまうよ」




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