今は昔、修行者のありけるが、津国まで行きたりけるに、日暮れて、龍泉寺とて大なる寺の古りたるが、人もなきありけり。これは人宿らぬ所といへども、そのあたりにまた宿るべき所なかりければ、いかがせんと思ひて、笈打ちおろして内に入りてけり。 不動の咒を唱へて居たるに、夜中ばかりにやなりぬらんと思ふ程に、人々の声あまたして来る音すなり。見れば、手ごとに火をともして、百人ばかりこの堂の内に来集ひたり。 近くて見れば、目一つつきたりなどさまざまなり。人にもあらず、あさましき者どもなりけり。あるいは角生ひたり。頭もえもいはず恐ろしげなる者どもなり。 恐ろしと思へども、すべきやうもなくて居たれば、おのおのみな居ぬ。…… 『宇治拾遺物語』巻一ノ十七 修行者百鬼夜行にあふ事 back |