寝台から手を伸ばし、起きてからそのままになっていたカーテンを開けた。 窓の外にはここに来てから数度目かに見る海の景色が広がっている。この眩しさと鮮やかさにはまだ慣れない。それにどうしても考えてしまう。 僕ならば、今の僕ならばこの景色をどう描くのだろう。 天空は青い空、それを映す海もまた青く、と。そういうことになっている。ちっとも馴染みやしない。視覚もそうだが、特に鼻の奥に溜まるような潮の臭い、それから消毒液の臭い。この二つはもう一生分味わった。できれば今後は二度と御免被りたい。あるいはまだ夢の続きにいるのかもしれない。と、そんな僕の疑念を否定するように、車輪がきいきい軋む音が聞こえてくる。 「経過は」 医者は車椅子で入ってくるなり朴訥な口調で切り出した。僕は曖昧に返事をする。てっきりいつもの少女が来るものかと考えていた。医者の方が来たということは、いよいよここから追い出される段なのかもしれない。 「先生の方こそお加減いかがです?」 僕がそう尋ねると、医者は目に見えて不機嫌な顔をした。元の顔つきが恐ろしいだけに大変な迫力がある。……悪魔とはよく言ったものだ。四肢のうち三肢が欠けた、一見すると入院中の重傷患者のような出で立ちだが、彼はこの建物の医者だ。それも驚くべきことに、唯一の。 医者は二、三の形式的な質問と、僕の体調について聞いた。 頭痛が酷いというのに一向に眠気はなくならず身体はあちこちぎしぎしいっているし、食事は不味い。ここぞとばかりに並べ立ててやると、医者は一言「自業自得だ」と医者にあるまじき発言で僕を制した。けれどまだ黙るわけにはいかない。 「僕の画材を返してくれませんか」 医者は答えをよこさなかった。「患者は大人しくしていろ」そう言って右腕だけで器用に車椅子を旋回させる。医者が警戒する気持ちもわからないではない。また僕が半狂乱になってパレットナイフを目につきたてるかもしれないと危惧しているのだ。患者が死んだら代償をいただくことはできないと、やはり悪魔だ。今度あの少女が来たら彼女に頼んでみることにしよう。 寝台に身体を預ける。引っ張りあげるシーツの色は白い。白だけは元の白のままだ。だからあの白い街は、一つも失われていやしない。僕がいつか海底に沈んで、あの街に辿りつくことがあったとして、それはきっと記憶の中の白い街そのものなのだ。だから何も、僕らは。 それにしても眠気が。まだ自分の身体が自分のものではないようだ。 また眠るの? なんて。次に起きたら僕らはどうしよう。 あくびを一つ。 「……もう君が僕をやった方がいいんじゃないかな」 そうは思わないか、と。窓に映る似姿に同意を求めた。 馬鹿言うなよ、と 私は笑った。 |