白壁 [1/6]





 裸足だった。足首が浸かる程度に薄く水が張っている。透き通っていて、下は細かい砂地であるらしい。わずかに足を動かすと、ずぶずぶと沈んでゆく。それほどに柔らかい砂を踏んでいるようだ。そしてこの水は凍らないのが不思議なくらいに冷たい、のだと思う。実のところ足の感覚がほとんどないのだ。水中にある私の、足首から先の皮膚は色を失っている……いや、そうではない。私がその色を表現する言葉を持っていないだけだ。
 水は見渡す限り続いていた。水平線、そういうものだろう。線の上には何もない。見渡してみるが、どの方向も似たような景色で元来た方向すらわからない。そもそも私はどこからかやってきたのだろうか。鏡写しのように、空も海も曖昧に溶け合って、このまま永遠に続いているような気さえする。天空は青い空、なのだろう。数多の人は空を青いものだと言ったから、きっとそうにちがいない。

 とにかく行かなくては、歩き続けなくてはならない。水面下の砂は踏み出すたび足が沈むので少々厄介だ。しかし止まるわけにはいかないと、そんな強迫観念じみたものを私は感じている。
 背後にはすぐ潮が満ちてきているからけっして立ち止まってはいけない。
 ただひたすら歩みを進める。どこへ向かうとも知らず。
 私には不思議な確信があった。ここはあの日打ち上げられた砂浜だ。元はそうだったはずだ。私はあの時、海に放り出されてこの砂地に横たわった。今は水に浸食されているが間違いないだろう。とすると、これはあの時の再現なのだろうか。
 そう茫洋と考えるが、あの時とはいつのことなのか、何に対する確信なのかといったことには不思議と思い当たるものが無く、私は首をひねった。

 そのうち、水平線の上に白い要塞が出現した。
 思わず立ち止まって、辺りを見回した。こう何もない所で見逃していたとは思えない。それはいつの間にか出現したのだ。そして私はその白い塊を、要塞だ、と。根拠はないがそう思った。私はあの場所へ行かなければならないと思う。理由はないが。ここでじっとしていても仕方がないではないか。私は足を踏み出した。
 足を踏み出した、と思ったところでその足をすくわれた。何に?
 ――ああ、波に。
 気づいた時にはもう遅く、平衡感覚を失った私の身体は波間へと倒れこんでいた。私が気づかないだけで水はもう腿の辺りまで上がってきていたのだ。派手に水飛沫を上げて、肉体は波へさらわれてしまう。恐ろしげに映る太陽と、視界の端に残る白い要塞を最後に私は水に溶けた。


 そこで、目が覚めた。




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