「で、だ」 さとるくんはほとんど独白のように言った。 「これでやっと話題が戻った。キッタサン、問題はあんたの存在だ。あんたは一体どういうヒトなんだよ?」 対峙する二人に挟まれる位置に僕はいる。これからなにが起こるのか、ぼくはどうすればいいのか。……ただよう不穏な空気にぼくは不安な気持ちしかない。 「あんた人間じゃないだろ。都市伝説……でもねえよな。俺らは噂がすべてだ、広まってねえ都市伝説なんて都市伝説じゃねえ」 さとるくんは芝居がかった動作で手のひらを返した。 「『九月一日以前に転校生が来るという話はなかった。』……あんたが現れたのは九月一日当日。生徒はもちろん教員もそれを疑わない。俺がなんの意味もなくぺらぺら正体をばらさせたと思うのかよ? 『さとるくん』はどんな質問にも答える、いわば超情報通なわけ。その俺がまったく正体掴めないとか普通の人間じゃありえなねえわけな」 そう言って、さとるくんは挑発的に鼻を鳴らした。彼が言う『話題が戻った』とは、彼が教室には言ってきたキッタさんに浴びせかけた、キッタさんの方こそこのクラスに入った化け物だ、という話だろう。あれは別にふざけて言っていたわけじゃないようだ。 「あんたいったい何者なんだよ?」 「……さっき途中になっていたね」 左手、キッタさんは茶封筒を机に置いた。対岸の彼を見据えるように唇をゆがめる。薄暗くなっていく教室で、それはおそろしいほど美しく見えた。さとるくんの言葉と相まって、キッタさんの方がよっぽど人外じみている。……金髪色黒、見かけはチャラ男のさとるくんと対比すると、なおさらだ。 「君がTくんを仲介させた理由だ。君は僕に直接接触しなかったんじゃない、できなかったんだ。だから君はTくんを中継して僕の身元を探らせなくちゃならなかった。この教室の人間はこれほどに派手な部外者がいるにも関わらず、なにも疑わないのにね」 キッタさんはあくまで余裕たっぷりにふるまった。それがさとるくんを挑発しているように見えて、見ているこっちがひやひやしてしまう。 「――携帯電話、だろう? 」 「はあ?」 その台詞にさとるくんの口元がわずかに動いた。 「『さとるくん』は元々が、携帯電話の都市伝説だ。君の行動のうち、不可解なものが一つある。それは、Tくんに僕のアドレスを聞き出すよう仕向けたことだ。なぜ、僕のアドレスが必要だったのか? クラスの人間の目を誤魔化すことができるのだから、僕の前に堂々と現れてもいいはずなのに? ――そこで僕は推測を立てた。自分をクラスメイトだと思わせるためには『連絡先を知っている』という条件が必要なんじゃないか、とね。さらに言えば、それは個人の電話、つまり、『携帯電話を持っている人間』に限られるのではないか。 それなら君が回りくどい方法を取った理由にも納得がいく。携帯電話を持たない僕の目に、君はただの部外者にしか見えない。君は自分の正体をばらしたくなかったから、あえてTくんを使った回りくどい方法を取ったんだ」 キッタさんは実に穏やかな口調で語っている。しかしぼくにはそれがかえって、ある種の鋭さを伴っているように感じられた。たとえるならそう、言葉で相手を殴るような。追究が進むにつれ、さとるくんが頬をひきつらせていくのがわかった。 「その結果、君はTくんに自分の正体をばらしてまで、僕の素性を探ろうとしている。僕の前に姿をさらして、ここからどうするんだい? 僕も彼も、君をクラスメイトとしては見れないだろうね」 「あんたがそうさせたんだ。こんな名札まで使って、名字がねえ俺が、出てこざるを得ねえようにしたのはあんただろうが。で、あんたはなんなんだよ? なにが目的でこの学校に入り込んだ?」 「僕なんかにそれだけの価値があるとは思えないね」 「質問に答えろよ」 「そういう君は質問ばかりだな」 なに? とさとるくんが不意を突かれたように漏らした。ぼくも彼と同じ気持ちだ。キッタさんはぼくらを前に片眉を上げる。 「『何者なのか?』『目的は何だ?』――おかしいじゃないか。『さとるくん』はどんな質問にでも答える都市伝説なんだろう? だったらその答えは自分で捜してくるべきじゃないのかい」 「……あんた、やっぱりただの人間と思えねえよ」 引きつった笑みでさとるくんは、机にどっかと足を組んで座った。そして、手に持ったままになっていた黒縁眼鏡を忌々しげに床に叩きつけた。眼鏡は床ではじけて、ぼくの足元にぶつかった。 「あー! もー!」 さとるくんは金色に染めた頭をがちゃがちゃとかき回した。ぼくは不安になってキッタさんをふり見た。彼女は別段慌てる様子もなく、さとるくんの動向を見守っている。――結局、彼女はどういうつもりだったのだろう。この場で最も得体の知れないのは、都市伝説である『さとるくん』ではなく、このキッタカタリというクラスメイトのほうだ。 ふと、さとるくんがうなるような声を出した。彼は頭を抱えたまま、乱れた髪の間から恨みがましい目を覗かせた。 「それでどうするねキッタサン。あんたが何者かは知らねえけど、こうして俺を呼び出すような真似するくらいだ。俺が目障りってこったろう? 俺を心霊学派の連中にでも売り渡してみるかね。俺は『ジャンル:都市伝説』だからねえ、お祓え衆は怖かないが」 「一つだけ君の質問に答えてあげるよ『さとるくん』。僕が今日ここへ来た目的は、なにも君が目障りだとか、ましてや退治しようなんてことじゃない」 そう言ってキッタさんは切れ長の目を細めた。 「君と話がしたかったんだ」 「話ィ?」 さとるくんがすっとんきょうな声を上げる。 「話って、なんの」 「別に難しい話じゃない。僕のことを陰でこそこそ調べ回っているクラスメイトと話がしたかったんだ。君がどういう人なのかにも興味があった。『都市伝説のさとるくん』、実際に会ってみるまで半信半疑だったけど、なかなかどうして興味深いじゃないか」 あっけにとられるさとるくんをよそに、キッタさんはさもおかしそうに笑みを浮かべた。 そういえば、この前ぼくが座敷ぼっこに会ってどうするのかと聞いたとき、彼女は言っていたっけ――『この目で確かめたい』と。幽霊とか妖怪とか、そういう存在しないはずものがいるのなら、もっと知りたいのだ、と。キッタさんはそう言っていたんだった。 「僕はお祓いだの退治だのどうでもいいのさ。どうしても君が決着をつけてほしいというなら、そうだな、Tくんに決めてもらおう」 「え、」 完全に忘れ去られたものと思っていた。 「オレが?」 「主に迷惑をこうむっているのは君なのだし、彼をどうするのか君が決めればいいよ」 そう突然言われてもな……。 どうするべきなのだろう? さとるくんの様子をうかがう。彼はぼくの視線に気づくと、お手上げとでも言いたげに両手を挙げた。 ぼくは視線を落とした。 彼は人間ではない。この教室に入り込んでいた、そしてぼくに取り憑いていた都市伝説の『さとるくん』なのだ。ぼくはそのことにまったく気づかなかった。彼はサトルくんという名の一人のクラスメイトで、化物らしさの片鱗もなかった。それでも、彼は人間じゃない。どんな危害を加えてくるかわからないのだ。通報するべきなのだろうか。怪奇事件を専門にしている人に? こんなとき兄ならどうするだろう? 考えるまでもない、兄ならきっと―― 「僕が思うに」と、言ったのはキッタさんだった。 「彼がクラスに潜り込んでいたのは、なにもTくんへの恨みなんて理由じゃないと思うがね」 彼女はぼくにそっと目配せした。 「クラスメイトとして君の目に彼はどう映った? 彼は彼なりに学校生活を楽しんでいたんじゃないかな。じゃなきゃ一年半もなにもせず、君に粘着している理由がない。僕に語ってくれた君の話の中で、彼が言った『このクラスは最初から四十人だ』という台詞に嘘はなかった。だって彼は本当に、このクラスの四十人めの生徒として教室にいたんだからね。なにも、」 ――なにも、知らないクラスメイトというわけではないんだから。 キッタさんはそれっきり口を閉ざした。 あとは自分で決めろということだろうか。……ずるい言い方だ。そんなふうに言われたら、ぼくが選択できる方法なんて、いくつもないじゃないか。 「オレも、別にいいよ、退治とか、そういうの」 ぼくは足元に転がったままになっている黒縁眼鏡を拾った。床に叩きつけられたせいで、レンズにひびが入ってしまっている。伊達だから心配はいらないだろうけど、ぼくはこれ以上壊れないよう丁寧にそれを折りたたんだ。 「……クラスメイトを通報するのも、気が進まないし」 「締まらねえなあ」 半分呆れたような調子で彼が言った。頬杖をついて、もう半分は彼の顔を見れば分かる。……というか、ちゃらちゃらした風貌のさとるくんに締まらないとか言われたくない。 「言っとくけど俺、卒業式出席するつもりだかんね。後悔してもおせえから」 さとるくんはにやりと笑った。机からジャンプして降り、差し出したぼくの手からもぎ取るように眼鏡を奪う。彼はその勢いのまま反対の手で、キッタさんにびしっと指を突きつけた。 「あんたにも言っとくよ。俺が教室にいるときあれは誰だなんて言うんじゃねえぞ。あとあんたの正体、諦めたわけじゃねえかんな。この学校で下手な真似したら俺の持てる限りの人脈総動員で都市伝説漬けにしてやるから。覚悟しとけよ!」 「それは楽しみだね」 そう言って不敵に笑うキッタさんは、冗談で言っているのか本心からなのかわからない。今回のことを省みるとあながち冗談というわけでもないのが怖い。 ……色んな意味で目が離せないな。 「この町には君と同じような存在が他にもいるのかい?」 「さあな」 キッタさんの問いかけに、さとるくんはおどけるように舌を出した。 「俺に質問するときは公衆電話・携帯電話・十円玉、全部そろえてから出直しな。答えてやるかは俺次第だけどね」 その答えにキッタさんは「それじゃあそのときはよろしく頼むよ」と調子のいい返事を返す。すると途端に彼は必要以上に顔をゆがめてぼくに「Tくんやっぱこの人信用すんなよ」と耳打ちした。その顔には派手な出で立ちに不釣り合いの、ひびの入った黒縁眼鏡が情けなく輝いている。 それでこそぼくの知るサトルくん、という感じだ。 ぼくの知る、クラスメイトのさとるくん、だ。 back |