さて、どうやって始めよう
やはりここはお決まりのあの文句?
「これは友達の友達から聞いた話で」
それとも思わせぶりな言葉で幕にしようか
「信じようと、信じまいと」


あなたがこの話を聴いていようがいまいが、そんなことは関係なく
これが物語である以上は語られなければならない

語られる端から失われていく
過ぎ去ってしまった匂い
聴こえない音楽
会うことのできない人
忘れられた国のことば
もう二度と触れられないもの
これはきっとそういった性質の物語だ

安心してほしい
この物語はあなたをすくわない
そしておそらくはあなたをきずつけない
あなたになにももたらさない
それでもあなたの大切になるかもしれない
いずれの可能性も同じくらいに存在する
けれどいまは、ただ、あなたへ向けて物語をのこそう
語り手にできるのは物語をかたることだけだ


さて、
これは“ぼく”と“キッタカタリ”にまつわる物語だ


キッタカタリという人物はある事件を契機に姿を消した
どういった経緯で、いかなる事情があったのか
それもいずれどこかで語られることになるだろう
少なくとも、それがここではないことはたしかだ

ふたりが一緒にいた期間は半年よりは長く、一年にも満たない
それを長いと捉えるか短いと考えるかはあなた次第だ
けれどふたりはたしかにそこにいた

共に過ごした時間の中で、いつだったかキッタカタリがぼくに言ったことがある


「語られなくなった物語はどこへ行くのだろうね」


――あるいはその言葉すら、今となっては失われている




じゃあ、話すよ。


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