点と点




 宇宙人は濃紺色のセーラー服に身を包んでヨウコの日常に現れた。その宇宙人は出席番号順に並べられた列でヨウコの一つ前の席だった。少女らしく耳の下で切りそろえられた黒い髪と、そこからちょっとのぞく白いうなじがなまめかしくて、そんなアンバランスさに惹かれて声をかけたのはヨウコの方だった。「ねえあなたどこからきたの」宇宙人は猫のような楕円形の目をまたたかせた。そして妙に高い声でワレワレハ宇宙人ダ、などと言うことはなく、微笑を浮かべて「とてもとおいところから」と言った。とても透きとおった声で。
 その宇宙人はユウマと名乗った。ユウマ、ユーマ、UMA――Unidentified Mysterious Animal、『未確認動物』にあやかって自分でつけたのだとずっと後に明かした。なんとも人を食ったような話である。けれどそのころには、そういう風変わりなところもむしろ好ましいと思っていた。


 はじめに二人は言葉すくなにお互いのことを知った。
 ヨウコはユウマの周りにいつもただよう、ある種の『外のにおい』を敏感に感じ取っていた。それは学校の“娘たち”が持たないものだった。
 あるいは宇宙人の方でも同じようなことを感じていたのかもしれない。ヨウコという生徒は模範の枠を大きく飛び越えた、奇抜な“娘”の一人だった。授業にもろくに出席せず、全身に細かな模様を入れた彼女に周囲は理解を示さなかった。
 宇宙人と不良生徒。異質なもの同士、感じるところがあったのだろう。一週間が過ぎる頃には、どちらともなく会話を交わす程度にはなっていた。


 ある夜には学校を抜け出して森の地雷原の先まで歩いた。
「すてきな場所があるの。あなたになら教えてもいいわ」そう誘いだしたのはヨウコの方だった。「あたしだけの場所なのよ」と。
 森は夜の息吹で凍りつき、痛いまでの冷気を肌にあびせた。
 月に明かされた地表には二人の他には誰もいない。ヨウコは『あやかし』かなにかのように爆弾をひょうひょう跳びぬけた。ユウマもその後をついてくる。
 そんな彼女たちを、“娘たち”の散らばった手足が草間の影から睨んでいる。悲しみの目で? 恨みがましく? そんなことは知ったことではない。
 手足ばかりの彼女たちは愚かではないが傲慢だった。爆弾を踏んでしまうのは運と少しばかりの度胸がなかったから。この地中に身をうずめるのが眠れる獅子ならばせいぜい眠らせておけばいい。
 このユウマという転校生は彼女らと違っていたずらに夜を乱すような真似はしなかった。ヨウコはそこが気に入った。だから、ユウマの言う宇宙人というたわむれを信じてやろう、少しだけお前の嘘に付き合ってやろう、ヨウコはそう思った。

 そんなことを思いながらも、こうした『夜の散歩』を求めたのは二人の出会いと同じでいつもヨウコの方だった。宇宙人はただ静かに彼女の要求に応えた。
 ユウマはものをよく知っていた。彼女の語ることばの多くはヨウコの知らないことばかりだった。あるときその理由を尋ねると、
「たくさんべんきょうしました」
 とユウマ。そのことばに優越感のような感情はない。それは自慢ではなく、ただの事実なのだ。
 そのおかげでヨウコは二人が散歩の終わりに話をする、この半球状の奇妙な建物が、古くは星を観測するための施設で『天文台』という名前なのだと知った。星を観測するための施設。具体的な大きさが想像できないような、立派な望遠鏡。それをのぞいたら一体どのような見え方をするのだろう?
 ヨウコはそれを知らなかったし、ユウマもまたそれを語らなかった。


 ある晩に宇宙人は『星座』というものをヨウコに教えた。星と星とをつなぐと事物を表す形になる、というものだ。どれだけ説明されてもヨウコには『乙女』ではなく、ただ点と点を結んだ何かにしか見えない。ユウマはそれでも「わかったきになるだけでいいのです」と話し続けた。
 どれ一つとしてユウマの言うようには見えなかった。けれどもひとりで見ていた星空に『星座』という物語を加えていく。それはなかなか魅力的な考えだ、とヨウコは思った。
 この宇宙人も、宇宙の星々を見て夜を明かしたのだろうか。もしそうならば、宇宙はいついつまででも夜だと聞くことだ、いくらでも気の済むまで眺めていられたにちがいない。

「あなたのことも少しわかった気がするわ。星座と同じね」
「わかったきです。うちゅうはたくさん、さびしいがあります」

 永遠の夜に星を目印に飛び続ける。
 その夜はなんと孤独なのだろう。
 想像の中で夜に囲まれ星に暮らす。ヨウコはさびしい、とも、うらやましい、とも思う。

 地球人が宇宙人から地球のことを教わる。
 そんな奇妙な教室は夜ごと二人だけで続けられた。


 ヨウコも教えられているばかりではなかった。ある昼の日にはヨウコの方が宇宙人に『化粧』を教えた。
 たとえば、顔に描く『化粧』は弱い塗料を使っているから七日ほどで消えてしまうこと。図案はその時々の気分だけではなく、季節や時節に適したものに決めるのが普通だということ。図の選択に失敗してしまえば、模様が消えるまでの数日間、誰とも顔を合わる気分ではなくなるということ。自分で図案選びから彩色まで全部やってしまう人もいるが少数で、手先の器用な生徒に頼む者が多いということ。
 ヨウコは前者の少数派で、自分では特に、色合いの派手なものを好んだ。

「すぐ消えるんだから最初は色々試してみたらいいの。でも、消せないものは大切にしなければ」

 足先から首筋まで、ヨウコの肌は余すところなく色彩に覆われている。模様の図案は自分で用意し、手と目の届かないところは器用さでは一番の信頼を置ける生徒にお願いした。一年もの時間をかけ、少しずつ描いていき、一ヵ月前にやっと完成した。そのできあがりにヨウコは満足していた。自分の身体の模様をこの上なく美しいと感じていた。
 だからヨウコは制服の下に隠れた模様に、それぞれどんな意味が込められているのか、一つ一つ宇宙人に説明した。
 それは不思議な『絵解き』だった。そして『星座』が星に意味を与えるのと少しだけ似かよっていた。
 背中の五つの太陽の世界がどのようにして生まれ、ほろびたのか。ヨウコに言わせれば五つの太陽はそれぞれサイクルを経て次々に生まれては消えていったのだ。他の五つに比べて大きく描かれたのが六つめの太陽で、これが今の世界にあたる。

「“ものりす”ですか」と宇宙人はヨウコにはわからないことばで感想を述べた。「“たいようのいし”です。ようこにはぴったりです」

 内容はよくわからないが、彼女がそれを褒めていることだけは伝わった。
 このときのヨウコは完成した全身の模様を他人に見せたのは初めてだった。見せるような相手もいなかった。当然、この趣味を認められたのも初めてだ。
 だから少し戸惑って「そうね」と軽くはにかんだ。「あたしもそう思うわ。あたしにぴったりだと思う」

 そして二人が互いの名前の由来を打ち明けあったのは、そんな午後のことだった。


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