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 じゃあ話すよ。
 昨日の放課後の話だ。

 授業が終わって、オレはちょうど教室を出るところだった。
 オレにその話を持ちかけてきたのはクラスメイトの男子だ。
 見るからに『夏休みデビュー』って感じのやつだったよ。こんがり日焼けして、耳にギラギラしたピアスを三つも四つもつけていてさ、こんな派手なやつクラスにいたかのかと思った。
 名前は……仮に、Sくんとでもしておこう。
『日直だから転校生の家にプリントを届けろと先生に頼まれた。でも今日は用事があって行けない。代わりに行ってほしい』
 よく覚えてないけどそんなことを言われた。
 部活に入ってないし、特にすることもないから、その日はもう帰ろうと思っていたんだ。
「転校生?」
 Sくんが言うには、うちのクラスの転校生は転校してきてから一週間ずっと休んでいて、転校生からは一週間前に一度、風邪で休むという連絡があったきり、その後の連絡が途絶えている。心配だから、プリントを届けるついでにちょっと様子を見てきてほしい。……Sくんは先生からそう言われたそうだ。
 転校生なんていたのか?
 なによりもまずそう思った。一週間のあいだに転校生の話なんて聞かなかったし、オレはまだその転校生を見たことがなかったんだ。だいいち、自分のクラスに転校生が来ること自体初めてで、そんなの都市伝説くらいに思っていた。
 Sくんは、始業式の後に教室で挨拶しただろうって言うけど、オレにはそんな心当たりはなかった。そりゃそうだ。始業式の日、オレは欠席していたからね。

 最初は断ろうと思った。夕方から雨も降りそうだし、そんな会ったこともない転校生の家に行くのは嫌だよ。でもSくんの押しが強くて。いつの間にか教室にはオレとSくんの二人だけになってるし、最後はなし崩しに押しつけられる形になった。


 妙なことに巻き込まれたなとは思った。けれど引き受けてしまった以上は仕方ない。
 さっさと行って雨が降る前に帰ろうと思ったんだ。
 Sくんに渡されたメモには『きったかたり』と汚いひらがなで名前と住所が書いてある。
 でも、この転校生の家の住所っていうのがどうも変だった。
 メモにある住所はどう見ても普通の家じゃない。『ムーンサイドホテル』って。ホテルの名前と住所が書いてあるんだ。
 なんでホテル?って思うよな。
 それも普通のホテルじゃない。ここの住所は、町の外れで、その……近所では、ちょっと有名なんだ。このあたりの地域って戦後の観光名所にするため西洋風の町並みにするつもりだったらしい。だけど資金繰りに失敗したとかなにかで開発中止になった地域なんだ。壊そうって人もいないから、建物はそのまま。だけど人は寄り付かない。
 きみは知らないだろうけど、変なものが出るって噂で……。

 え? どうしてそんな町外れの場所を観光名所にしようとしたのかって?
 知らないな。
 とにかく。なにかと噂のある場所だから、人っ気もないし、薄気味悪い。
 なんか空気がさ、重いんだ。そこに行くまでの道は見慣れた普通の町なんだけど、そのあたりから世界が変わったような気がして。

 普段なら絶対行かない。
 頼まれたって来ない……まあ、頼まれたから来たわけだけど。
 こんなところに人間が住んでるのか?って感じで、とにかく嫌な雰囲気だ。

 でも実際のホテルは想像してたより綺麗だったな。
 廃墟みたいに崩れてはいないし、そこまでボロいわけじゃないし。でも人の気配がしないってことには変わりない。

 実際、ホテルのフロントには誰もいなかった。フロント――あの風呂屋のちっちゃい机みたいなのをそう言っていいのか知らないけど――その上のベルを叩いてもしばらくは人が来なかった。
 ちょっと待って出てきたのは三十代後半くらいの男の人だった。ちょっと猫背で、長い前髪を真ん中で分けてる。“今急いで服を着て出てきた”みたいな格好でシャツのボタンを掛け違えてたり袖がよれてたりして変だったけど、オレが『きったかたり』のクラスメイトだって言ったら部屋まで案内してくれた。


 
 それでドアをノックして……もうこのへんでいいんじゃないか?
 話さなくちゃ駄目? こういうの嫌だなあ。手短に話すよ。



 やっぱりしばらく間があって、ドアがゆっくり少しだけ開いて
「Tくん?なんでこんなところに?」
 部屋の中からかすれ気味の声がそう言った。
 なんでオレの名前を?ってむっとするより先に、ドアの向こうから出てきた姿を見て言葉を失った。
 なんていうか、不気味で。髪とかぐちゃぐちゃになってたし、顔はマスクで半分見えないからまた怖くて。
 部屋の中は真っ暗だった。黒っぽいパジャマ着てたから、ノックがあるまで寝ていたんだろうな。
 それにしても体調はかなり悪そうだった。服はなんだかぶかぶかして肩のとこなんて落ちてるし、元が華奢な体型っていうのを考えてもやつれて痩せたって感じで……。病気だから余計にそう見えるのかもしれないな。

 代理とはいえ様子を見て来いって言われてたから「キッタくん、だよね? 調子はどう?」って一応訊いたよ。でもキッタくんはなにも答えない。オレの顔をじっと見てるだけ。
 マスクに隠れるようにこっちを見る目が、充血してるのに気づいてさ、正直逃げ出したくなった。
 でもフロントの人がオレのすぐ後ろにいるから、それもできなくて。
 フロントの人に「部屋に入られては」って言われるまでは地獄だった。




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