私は私に何の興味もない一顧だにしない視界に入れてもただの風景のひとつで私には何の感慨も抱かない無関心で平等でやさしくて私を知らないあのひとになりたいので




 あのひとのような人になればあのひとになれるのではないかと思って、なった。
 まずは形からだ、何事も形から。細やかな調整は述べるときりがないから省略するが、ワタシはあのひとと寸分違わぬといって差し支えない形になることになった。観察の甲斐あって精巧だ。成功? 成功だね成功だよ。ワタシはこだわるワタシなので服飾品もこだわるワタシだから、眼鏡もあのひととまったく同じ形。伊達ではなくちゃんと度を入れているのがこだわり。我々の目は深海の暗闇にあって星を灯台として数えられるくらいには精巧だが、あのひとと同じ眼鏡をかけるために眼窩をくりぬいたりつめなおしたりとたいへん苦労したために、完璧だ。あのひとの知り合いにわざと目にとまるように人々のいるところを歩けば人々はあのひとにするようにワタシに近寄ってくる。あのひとの名前でワタシに声をかけるので成功だと思ったのだが、人々はたいがい変な顔をして去っていく。何度かやって気づいたのだが中身が違うからなのだと発見して理解理解だ。ワタシはかしこいので理解した。
 見た目の上では細胞の一つ一つも精巧に同一だがそれでもあのひとではないので仕方がないのであのひとをひと飲みに飲みこむことにした。あのひとは当然ながらひどく驚いて抵抗して、まあそれでもワタシにとってはどうということはないので少しずつ味わうことにした。もどかしいが一度きりの機会だから味わわねばもったいない。声は聞きたいから最後まで残しておいたが、あのひとがこんな大きな声を出すのだなんて意外だった。もっと聞きたいのでもっと話してくれないかとそれとなく刺激を与えてみたが、最後にはよくわからなくなってしまった。言語変換がうまく作用していないのかもしれない。ふだんは見られない顔が見られるのは貴重だから、もっと見ていたいのだが、口が言葉を結ばないぶんは直接飲むので問題はない。悪霊? ドッペルゲンガー? ああ、そういうものがあるがあるのかさすがに博識。しかしあいにくと別にワタシはそういうものではない。だってワタシは好きであのひとを模しているだけだし、出会ったからって別に死ぬようなものではないだって死ぬんじゃなくて生きるし? これから、生きる。いっしょに生きるんだからなにも遠慮はいらない安心してほしい。病めるときも健やかなるときも? そうとも病むなら病む、健やかなれば健やかであろう。同じように。同一に。

 そのような経緯で、ワタシは私になった。あのひとは私のことを私と呼ぶのだ。実に私らしい一人称だと私は思う。私はもはや私であるので、私自身のことが手に取るようにわかる。私が用いた方法はいささか強引だったが、そのおかげで内実ともに私になることができたのだ。終わり良ければすべてよし、といったところだろうか。私に抵抗されたときに――いや、私が抵抗したときに、眼鏡を割ってしまったのはいまでも口惜しいが、同一にこだわる私が同一の型を用意していたのが幸いした。これで形の上ではなにも変わらない。度数の上でも完全に同一だ。なにも変わらない。
 はず、なのだが。
 私はどうやら失敗したらしい。
 鏡はどうして私を正面から見つめ返してくるのか。
 私は私のことを一顧だにしない私が好きだった。私は私に何の興味もない一顧だにしない視界に入れてもただの風景のひとつで私には何の感慨も抱かない無関心で平等でやさしくて私を知らないあのひとになりたかったのに私は私をそんな目で見るな、違うだろう、そんなのは。
 感情が全身を煮え立たせて仕方がない。私はそんなふうにはならない。私はこんなことを考えないし、こんな顔はしない。私が私であれば、こうは思わなかっただろうに。





毎月300字小説企画お題「憧れ」提出作品のロングバージョンです。自家撞着丸呑み小説。




back



×
「#年下攻め」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -