今夜はから騒ぎ みなさん、本日はご来場いただきありがとうございます。 二十周年を記念した見学ツアーにようこそお越しいただきました。 本日お越しいただいた特別なみなさまには、今日という一日が素敵な一日になることをお約束いたします。本日のために、普段は人様にお見せできない制作現場を可視化……もとい、お見せできる状態にいたしました。どうぞ隅々までご覧くださいませ。 しかし、こうしてみなさまを前にすると、柄にもなく緊張してしちゃいますね。普段はこうして面と向かってお話しする機会もありませんから、本当に。 ええ、だから本日は明るくまいりますよ! 館内の照明もこの日のために全灯でお送りしております。はい、ちょっと薄暗いんですが、深夜放送という都合上、全体的に館内の光量をしぼっている部分もございまして。ええと、こちらはエントランスなんですが、みなさまご記帳はお済ませくださいましたでしょうか? まだの方はお済ませください。 はい? わたくしについて、ですか? ……ああ! 失礼しました。ありがとうございます。ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。わたくしは当局のアナウンスキャスターで沼島と申します。漢字は沼の島と書いてヌマシマ、そのままですね。 実はわたくし、去年の末に制作部からアナウンサー部門に配属された新人でして、人前でしゃべるのはまだ慣れていないもので、至らぬところがありますが本日はよろしくおねがいいたします。 そうなんです、去年までは別の人がメインを務められていたんですが、二十周年を前に華があったほうがいいだろうということで、ふふふ、交代しました。限られたメンバーでやってるとどうしても倦んじゃいますからね。テコ入れは大事です。 まあ、わたくしの話はこのくらいにして、早速ツアーにまいりましょう! ■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ あらら、なんだか早速検閲がかかってしまったようですね。やっぱりあのドアってねじれてるのかしら。みなさまちゃんといらっしゃいますか? にぃ、しぃ、ろぉの……あれ? いち、にぃ……うーん……まあ、これで全員ということで。はぐれてしまった方はたぶん道を一本間違えてしまっただけだと思いますから、後から合流できますよ、きっと。まだ入り口ですし。わたくしの他にもスタッフがいるので、たぶん見つかります。少なくとも今日のうちに何かあることはないと思いますから、ここにいる方だけでとりあえず進みましょうか。 では気を取り直して、こちらが制作部でございます! 見ての通り、パソコンと機材がたくさんならんでますね。あ、そちら足元お気をつけ下さい! 資料もなんですが配線がありますので。 さて、わたくしどもの放送のうち、映像は中継ではなく収録放送中心ですからね。この制作部がみなさまのご家庭にお届けする映像のすべてを作っているといっても過言ではありません。 では具体的に何をしているかということを、……。 ……はいはい! 制作部チーフの西々です! ここでは沼島さんの説明にもあったとおり、映像制作全般を受け持ってます。 で、ここで何が重要になるかっていうと、空間作りなんですよ。この部屋にはありとあらゆる映像が収められてるんですけど、その時々で何の映像を合わせるかというのが違ってくるわけです。その人にとって自然で、それでいて薄気味悪い、そんな演出が求められてくるわけですね。 ゴミ処理場にゴミ捨て場、滑空する飛行機の映像、人のまばらな波打ち際、噴火する火山の煙に火口の岩、学校の廊下、開かれた扉の扉の扉の廊下の、どことも知れない民家の風景、鏡越しに髪を梳く女、見上げた階段から覗き込む人の頭、目、それはあなただ。 どんな映像を、そしてどんな音楽を合わせるか? ここではそういう加減をしながら編集して、組み合わせていくわけですねー。 ま、偉そうなこと言ってますけど、僕らは単に制作スタッフですから。人間ならこのくらいはどこでもやってますよね。だから特別なにかしてるかっていうと……えーと。 あ、ほら、アナログ放送が終了するときとか大変でしたよね? あー、アナログねぇ。大変でしたよ。砂嵐とかカラーバーとか、言ってそんなすぐなくならないだろうって楽観視してたんですが、世代とともに知らないって層がどんどん増えてくんですよねぇ。制作部的にもデジタルに対応するためにあえて妨害用のカラーバーとか作ったりして。ここに来てる人たちの中にも、チャンネルをカチカチやるタイプのテレビとか触ったことない人いるんじゃないですか? これからこういうの増えていくんでしょうねぇ。 ……と、しんみりしちゃったな。すみません! 今日は明るくって決めてたのにな。ここ普段は暗いからつい。でもこれで二十年やってきてたわけですからね。新しいことにも挑戦していきますよ。僕らが作る映像を世に送り出しますからね。よろしくお願いします! はい、西々さんありがとうございます! 制作部の作る映像が伝播するわけですから、これからもがんばっていきたいですね。ありがとうございました。 そしてお隣が放送室なんですが……ここはもう本当の本当に立ち入り禁止でして、普段は清掃スタッフでも入れてもらえないんですよ。でも今日は特別にお見せしちゃいます。えへへ。立ち入り禁止なので扉の外からそ〜っと……あ、だいじょぶですだいじょうぶ! ちゃんと許可は取ってますから。 学校の放送室みたい? さすがお目が高い。実はそうなんですよ。元々は廃校になった小学校から取ってきたんです。沈む陽を見続けてきた窓は良い養分になるので銅像です。放送のときはここにジャックさんが詰めて、放送地域だとか時刻だとかを調整します。制作部が隣にあるのは、もしものときに差し替えが発生したときにすぐ対応するためなんですね。 ……ということで、制作部とともに放送室を挟む形になるのがこちら、情報部です。 挟むと言ってもフロアを跨いで上ですがね。ここはほぼ丸ごと情報部のフロアなんですよ。ご覧の通り、各種資料と計算機とモニターが大半ですね。 ここでの仕事はどう説明すればいいのか迷ったんですが……天気予報でいうところの気象予報室とでも言いましょうか。天気予報の人たちが天気の動きを予測するように、わたしたちは人間で同じことをするのです。予知と予報。ちょっとした差です。犠牲者を報じるのが当日より前になるか、後になるか。「おくやみ」との差はそうないはずなのに忌み度が違うと言いますか。ううむ。 ちょっとお聴きしたいんですが、「これから雨が降ります」と「さっき雨が降りました」なら、前者のほうがありがたいと思うんですが……どうでしょう? こればっかりは難しいですねぇ。 浅井新司(79) 浅井新太郎(77) 蘆屋道乱(99) 厚川サヤ(89) 穴井和泉(20) 天野橋伊達(110) 阿波野橋彦(111) 井森御摘(28) 浮田淳次(72) 宇佐田朱里(14) 牛島早苗(62) 宇田士(48) すべて啓示です。予知でも予報でもない。 これはここだけの話なんですが、情報部はこれで和気藹々とした部署でして、名前の印象に反して体力自慢の部署なんですよ! 足で情報を撮りに行く、なんて言って意外とアグレッシブなんです。 ではさっそくこの部署の室長に話を聞いてみましょうか。七曲川さん、お願いします! ………… さてさて、最後にやってきましたのがこちら、放送スタジオです。 深夜放送ということで誤解される方もいらっしゃいますが、当番組は生中継なんですよ。 そもそもが「臨時放送」ですしね。放送自体不定期ですし、直前に内容が変わることもありますから、基本的には収録には不向きなのです。 だからこのスタジオでは、映像に合わせて放送原稿を読み上げています。 目のない子供がソファの上からこちらをじっと見ていますね。 時に、ジョージ・オーウェルの『1984』をご存知ですか? 有名な小説なのですでにご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、あの作品の序盤で主人公がテレビを見ながら体操をする場面があるのです。テレビに映ったインストラクターの真似をしてね。でも主人公がちょっと怠け心を見せると、テレビの中のインストラクターが主人公を名指しで注意するのです。テレビは実は生中継で、しかも主人公の言動をしっかり監視していたという、管理社会を表すようなエピソードなのですね。 わたくし、あのテレビ体操の場面が飛び上がるほど好きなのです。 だって、なんだかぞっとしませんか? 大勢へ向けたテレビかと思いきや、実はライブで、しかも一個人に対して語りかけてくるのです。 いいなあ、と思ったんですよね、わたしも。 画面越しに目が合う感覚、すばらしいじゃないですか。だからこの放送局を立ち上げたとき、放送はあらかじめ収録したものではなく、中継にしようと思ったんです。 いやあ、あれからもう二十年ですか。月並みですが光陰矢の如しといったところですねえ。しみじみ。沼島ともなんだかんだ勤続二十年の付き合いになるんですねぇ。ここまでこれるとは思っていませんでしたよ、わたしたちも。 ふふふ。すみません。ついうっかり浸っちゃいました。 だって今日は二十年の、あるいは四十年の、それとも三十五年来の、今日なのです。 だから今日はこれから、みなさまにとっておきのサプライズをご用意いたしました! 入り口で配られた開局グッズだけじゃ終わりませんよ〜。 なんと言っても今日はわたしたちの、NNN臨時放送の二十周年ですからね! いまから、皆さまにしていただくことは簡単です。 明日の犠牲者であるみなさまには、自分で自分のお名前を読み上げていただきます。 それをなんと、そのまま地上波生放送という特別放送でお届けしちゃいます! ……あれ? えっとお、サプライズすぎた感じですかね? あ、そうそう、その顔。そういう反応を期待してたんですよ。よかった。やっぱりびっくりしちゃいますよね。わたくしもアナウンサーですから、急に原稿読み上げろって振られたら気が動転しちゃいますし。でも今回は、みなさん自身のお名前を一人ずつ読み上げていただくだけですので。それに本番までまだ時間もあることですし、練習タイムということで、早速こちらに喉のとおりを良くする飲み物をご準備しておりまして……。 ええと? あらら、わたくし最初にご説明していませんでしたっけ? 今日は二十周年特別記念。だから明日の犠牲者のみなさまを特別にお招きして、局の裏側をお見せしているんですよ。 あはは。やだなあ、ここに来るまで見てきたじゃありませんか。わたしたちはただの報道機関ですよ。わたしたちはただ報じるだけです。わたしたちが予言するから人が死ぬのではない。死の予定にある方々を先んじてお知らせしているのです。 だから天気予報と同じなんですよ。天気予報で午後から雨の予報なら、傘を持って出かけますでしょう? それと同じです。今日は死ぬのだという予報があればこそ、前もって準備と心構えができるのです。ほら、死ぬ前に誰かに会っておこうだとか、変な服を着て死ねない、だとかできる準備はしておきたいでしょう。 回避できないのかって……あはは。雨だって回避できやしませんよ。 予報がある以上、雨は降るのです。雨を降らせない、なんてことはできないでしょう? ただ、雨を回避できなくとも、雨のための準備はできる。前もって傘を持ったりだとか、長靴を履いたりだとか、今日は自転車じゃなくてバスにしようだとかね。死は等しく降りかかるものであるが、受け入れるだけの猶予を与えられるのだ。わたくしどもが扱うのは人の運命です。 それにそれに、便宜上「死」なんて使いましたが、別に死100%ってわけじゃありませんよ。わたしたちが報じているのは「死者」ではなく「犠牲者」です。犠牲になるだけですよ、なにかしらの。 ……と、わたくし何か変なことを申しましたか? ちょっと、それ沼島のセリフですよ。おっさんが言ったら変じゃないですか。 ええ? 沼島だって大差ないだろ。だからこないだ交代したんじゃないですか、華がないからって。すみませんね。同時に複数名しゃべらせるのは苦手なもんで。なにせ普段は完全分業だもんだから。 プロデューサーとディレクターがいて、カメラに編集、音声さんにジャックさんがいて、照明さん……は、いないんだっけ。いませんって。ナレーターが映像に合わせて読み上げるだけですから。いや、いるじゃないですか。沼島さんの顔、照明が悪くて緑色になってたでしょ。何年前の話だよ。あれはおれのせいじゃなく技術が悪くて。新しいことやりましょうよぉ二十周年なんだから。Vtuberとして配信やるとかぁ、動画の自動再生乗っ取るとかぁ。なあ、それ新しいのか? ちょっとちょっと、いくら裏側見せますって言ったって、これじゃみなさん置いてけぼりじゃないですか。ほどほどにしないと。 沼島ちゃんわかってないなあ、これくらい混線してるのが現場っしょ。 そうじゃなくて、一人ずつ分けて話せってことでしょ。わたしたちの話はただでさえ聞き取りづらいんだから。そんなだから「何かわからない言葉を話している」なんてネットに書き込まれちゃうんでしょ。 違う違う、あれは演出。 #nameさん? すみません、このひとたち集まるといつもこんな感じなんです。 どうぞ遠慮せず飲んでくださいね。本番までもう少し。大丈夫です。わたくしもいまだに緊張しますし。それで、ちゃんと本名で記帳してくださいました? それとも記帳するのをためらったのかしら。別に構いませんよ。表記は重要じゃないからね。偽名でも、虚構でも、見分けられるならそれでいい。 どうしてもというなら別に構いません。 読み上げるのはナレーターの仕事ですから、それも仕方のないことですね。自分の名前が目の前で読み上げられるというのも、それはそれで貴重な経験であるには違いないのですし。テレビ越しに見る顔ではない顔も新鮮です。ええそうです。またお会いしましたね。これが初めてではないでしょう。あなたは放送を見た。 植え付けるんですよ、思い出に。 そうそう、植え付ける。で、あれって誰の経験談だったのかしら。見た気がするでしょ。退屈しのぎにつけていたテレビにも飽きてきて、あんたは居眠りをしてしまった。それともこうだったかな、布団で寝ていたはずが、夜中にふと目が覚めるとテレビがついている。テレビがついているんですよ。ネット上で映像を見たね。カラーバーを見た。砂嵐を見た。背景にはこんなクラシックが流れていた。見たのはゴミ処理場か? 火山の噴火映像かも。人の名前が流れているんだ、映画のスタッフロールみたいにさ。知っている名前はありましたか? 懐かしさを感じたんじゃないか。それもそのはずです。あれはいったいなんだったんだろう。あんたはそう思った。深夜に起きて奇妙なテレビ放送を目撃した人間、それはあなたのことだ。あれはおまえの体験談なんだ。 NNN臨時放送は架空の放送番組だ。 NNN臨時放送は実際には存在しない。都市伝説です。 NNN臨時放送に恐怖を感じた人間がいる限り、都市伝説であり続ける。 虚構と現実の区別がつくのか? 夢と実体験の違いはどこにある? 二十年前の記憶が実際に起こったことだとどうしてわかる? 実際には起こっていなかったとして、自分のどこに記憶のどこに証拠を求めるんだ。鮮明な夢と曖昧な記憶との境目はな、実のところおまえさんがどう認識しているかという一点のみなんだ。 だからNNN臨時放送は存在する架空の放送番組だ、 実在はせずとも。あなたたちは現にいまの、 我々を認識してるじゃないか。 アナログ放送は終了しました。電波放送は終了しました。 デジタル放送もほどなく終了して新しい日が来ます。 新しいことをやろう。やりましょう。 今日はわたしたちの成人の日ですよ。だからわたくしとっても気分が良いんです。もちろんここにいる全員がそうですよ。わたしたちは全員がわたしたちで、「NNN臨時放送」なのです。思考の分け隔てなどありません。同じところから生まれたもの。種明かしをすればそういうことなのです。 そろそろ仕舞いだ。スタッフロールを流そうか。 ええもちろんです。今日は二十年目の新しい日ですから。 本番前、よーい! ではそろそろお別れの時間が近づいてまいりました。名残惜しいですが今夜はこれまで。吸血鬼たちも根城に戻り、サーカス団はテントを仕舞い、もう二度とお会いしません。いいえ、きっとお会いしますとも。またどこかで。眠りにつけばこそ。 明日の犠牲者はこの方々です。おやすみなさい。 「今夜はから騒ぎ」 または「放送禁止フィルム20201126」了 |