『不在の探偵』00




 たとえば、忘れられた町の忘れられた路地を進んだ先に、いかにも世の中から忘れ去られたといったふうな建物があったとする。四角いビルが二階建てだか三階建て、あるいは四階建てかもしれない。壁は煉瓦だかコンクリートだか、おおむねそんなところだ。少なくとも大理石のような、そこまで大げさなものでなくても構わない。
 ともあれ、あなたが顔を上げると、窓には一枚ずつ文字を区切って『探偵事務所』とあるのが見える。いったいだれの事務所なのか。探偵の名がなぜ記されていないのか。あなたは不思議に思うかもしれない。どころかあなたは、なぜこの場所へ足を運んだのかを覚えていないのではないか。なにを相談するために、そもそも探偵へ相談するような用事ごとを持ち合わせていたのかどうかすら、あなたは思い出すことができないでいる。
 だがそれでも、目の前にはエントランスがあって、その先には階段が続いている。探偵事務所は上のフロアだ。ならば上らねばなるまい。これは夢なのだ。風景は現実ではない。わたしたちにとっての現実はすでに失われて久しいからだ。階段を上った先には扉がある。木彫りでも磨りガラスでも鉄扉でもなんでもいい。あなたの思い出の中ではどうなっていた?
 まだ見ぬ依頼人よ。どうか、あなたはその扉をきっと開いてくれるはずだ。心になにか思うところがあるならば、あなたは必ず辿り着く。信じてくれ。そうでなくてはこの物語はなんの意味をも成さないのだ。
 わたしはただ、その日の来ることを待っている。





back






×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -