夜が明けた。少なくとも彼はそう感じて目を開いた。ぼんやりと白む視界に身を起こす。ばらばらと、剥がれるように花びらが落ちた。見れば彼の膝にも胸にも、薄がけの毛布のごとく白い花びらが積もっている。鼻をつく香は桜である。それに辺りはどうにも昼の様子。川向こうには跳ね回る子供だち、桜の並木。春昼のうたただ。空が白むと思ったが、それは果たして花影の白さのせいであったか。
「桜埋め(はなうずめ)とはこのこと」
 ひとりごとのように嘯いて。
 こぼれ落ちた花弁を指で摘まむ。ふと頭上を見上げればたおやかに老木、厳然として在り。それが不思議なことに花もなければ葉もない。我が身に降り積もる花は、間違いなくこの桜木から落ちたれども、果たしてこれはどういった事情か。
 彼は察し、頭をなで上げた。
「いやお見事、見事」
 快活に笑って手を叩く。乾いた拍手が春の空をにわかに騒がせた。




「桜埋め」了






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