「それはなりません」
 僧は伸ばされた女の腕を払い、立ち上がった。
「拙僧には無理なお願い。慈悲は遣れませぬ」
「何ゆえにございますか」
「最初に申し上げた通り」
 僧が言う。
「そこには何もござらんせん。暴く棺は空なのです。あなたはどこにもいない。女も死体も、すべて人の口から生じた、春の夜の夢のようなものでござる」
「やはり」
 女が言う。
「やはり何もございませんのね。棺は空なのですね。妾はどこにもいないのですね」
 そのようにこぼす唇は泣くとも笑うとも知れぬ。僧を仰ぎ見る。女は衣の裾で口元を覆う。
「どうして妾はここにいるのでしょうか」
「死体が、桜なのでござろう」
 僧は言う。
「敢えて貴女の問いに答えるならば。桜が咲くから貴女はここにいる。人が貴女を褒めそやすとき、貴女はここにいるのです」
「そう。そうなのですね」
 女は力なく笑った。その耳には僧の言葉は届いていない。桜に沈んだ身を引いて、すっと立ち上がる。桜をまとったその姿は、あたかも女自体が一木の桜になったかのように映じさせた。
「ならばそれももう終わり」
「春の夜の夢は未だ醒めやらぬぞ」
「もうじき全部終わります。散らぬ桜はありません。枯れぬ幹はございません。次の春はないのです。そうなったらもうお会いしません。もう二度と、お別れです」
「寂しくなりますな」
「然らば舞を」と女。
 僧は頭を垂れ、桜と女に一礼した。
「とくと。目に焼き付けておきましょう」
 さっと風が吹けば、音に合わせて花が舞う。








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