「花はものを申しません」
 女が言う。
「されども水面に映る花影が、小波で唇を動かされることもございましょう。耳をそばだてておいでなさい。土の下から骸の囁きが聞こえてまいりますよ」
 衣の裾を翻し、桜の幹に手を添える。女はこの世のものではないによって、風に吹かれれば髪を揺らすが、その素手にも首筋にも、肉の重さは感じられない。幹の傷、真一文字の傷に、娘子のように頬ずりする。
「ほらこの通り。いっそ人を食ろうてしまえば櫻も身が軽かろうに」
 僧は胡座の姿勢を崩さず、真っ直ぐに桜を見据えて応じる。
「其はまっこと化生となるおつもりか」
「御身を食い奉らば如何か」
「拙僧が如きに何の功徳が宿ろうや」
「人ははても斯様に。櫻の科(とが)は何やらん」
「桜に咎などござりゃせん」
 僧が言えば櫻は黙る。僧は続ける。
「在るは花のみ、桜のみ。咎など何処にあろう」
「では何ゆえ」女が口を開く。「何ゆえ、妾は埋められたのか」
 怒気を孕んだ女の問いに、僧は心を乱されることもなく、止水のごとくに返す。
「埋められてなどおりませぬ」
「うそ」
「どうして偽りを申そうか」
 僧は言う。
「桜の下に死体などございませぬ。それは世人の申すこと。桜に咎などあろうものか。貴女は誤解されておるようだ。あなたの目に映るは根も葉もない幻でござる」
「お坊様、ここは現(うつつ)ではございませんのよ」
「その現とて、夢幻(ゆめまぼろし)のようでござろう。どちらも地続き、然らばどちらにいたとて変わりませぬ」
 僧は泰然として答える。女は苦しげに眉を顰めた。
「ならばこの始末を如何ようにつけなさるのです」
「九重に咲けども花の八重櫻、幾代の春を重ぬらん。貴女は幾年をこれこのように」
「千代も、八千代も」
「然らば自念の理であろう」
 女は首を振った。僧の膝元にしなだれかかる。髪が線を描く。桜の息を吐いた。
「お坊様、墓を暴くは無粋と申されましたが、それでももし、この賤女に慈悲を投げかけてくださるならば、妾をすっかり暴いてくださいませんか」








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