答えは問いを乞う (廃屋の屋根裏、崩れかけた劇場、あるいは映写機の朽ちた映画館) 中央には九台の携帯電話が輪を描くように並んでいる 舞台上、スポットライト照射。影絵の怪人、登場 怪人、携帯電話(1)を指さす 携帯電話(1)、明滅する 第一の話者は問う 「汝は『怪人アンサー』ならんか?」 怪人答えて曰く 「いかにも。『怪人アンサー』とは私のこと。我が名を知るはすなわち我を知るの証なり。我が儀式に答えれば知り得ぬことはなし。 画面越しの君よ、さあ質問に答えよう」 怪人、機械の声で答える。深々と辞儀し、頭を上げる 携帯電話(2)、明滅する 第二の話者は問う 「汝は真に博識の者ならんか?」 怪人答えて曰く 「いかにも。この私こそ『何でも知っている人』である。博識にして君に予言を与える怪人なり。天地天命、我が知り及ばぬことはなし。 さあ質問に答えよう」 携帯電話(3)、明滅する 第三の話者は問う 「汝は如何にして生まれたるや?」 怪人答えて曰く 「私の生まれは渋谷のコインロッカーさ。 ……冗談。質問に答えよう。 私は奇形児だ。私は脳だけの姿で産み落とされた、身体を持たない奇形児だ。 なんと奇怪な姿形、なんと面妖な因果のあり方よ。しかしそれは本質ではない。人は私を化け物と嘲るが、私は『怪人』だ。不完全な人体の形である。 否定するか? 君は脳でものを考える。脳がなければ人間は思考することあたわず、生命を維持することも叶わない。植物人間というのは一つの例えだ。身体が停止しても脳の活動が存続しているならば、人は生きていると認められる。反対に、脳が死ねばそれは脳死だ。脳の死はすなわち人の死だ。ならば人とは脳である。脳である私は逆説的に人間であると証明される。私は脳だ。怪異なる人間である。 さあ問え君よ。我が姿、我が目的を」 携帯電話(4)、明滅する 第四の話者は問う 「汝は何する者ぞ?」 怪人答えて曰く 「私は答える者にして問う者。我が本質は質疑の中にあり。我が真意は秘められたる電子の禍櫃、朱房の紐解く内にあり。さらば我の為すところは応答。全知にして全能なるこの脳は、ただ一つの問いに向かって答えを与える。 しからば第五の話者はこう問うだろう。 「汝が為すところの真意は何ぞ?」 その答えは簡単だ。 私はすべてを知っている。しかし私には何もない。『完全無欠』なる語はまったく私への皮肉である。私には欠けていないところの方が少ないのだから。 私には脚がない。腕がない。手も指もなければ臓器のすべてが不足している。 脳だけの私はひどく不完全な人間だ。 諸君、私は君が羨ましい。私は君が羨ましくて羨ましくてどうにかなりそうなのだ。なぜなら君の何気ない挙動、一挙手一投足にいたるまですべて私には叶わぬことだ。私はすべてを知っている。しかし私はすべてを知っているがために何事をも為すことができない。私の声は機械の声、私の足はただ儀式のため。 して、私は常々思うのだよ。目玉も足も手も腕も、人間には二つずつ備わっている。腎臓は二個一対の臓器だろう。そしてそれぞれどちらかが欠けたところで生命活動には支障を生じない。――だったら一つくらい分けてくれたっていいじゃないか。富める者は貧しき者に分け与えてしかるべき。そう思わないかね。 第六の話者は問う 「汝が目的は如何なるか?」 そう、私の目的は完全な人間になることだ。 身体を集め、四肢の一つ一つ、臓器と骨髄のすべてを行き渡らせて、完全に一個の人間になることだ。そんなことは人間には不可能だ。――果たしてそうだろうか? 私はただの人間ではない。怪人だ。全知にして全能、そうだ、『全知全脳』たる私にだけ可能なのだ。すべてを揃え、完全な人間になること。それが私の、『怪人アンサー』の、唯一にして無二の存在理由たり得るのだ。 明滅するは六の画面 残す画面はあと四つ 怪人は輪の中に一人、機械の声で語りかける 画面越しの君よ。君は私が人の手により創られた創作であると考えているね。 いかにも。『怪人アンサー』の都市伝説は創られた都市伝説だ。既存の怪談からあらゆる部位をつぎはぎにして創られた。質問に答える怪異・携帯電話の怪異・召還に儀式を要する怪異――私はそれらの部位をつなぎ合わせて成り立っている。 しかしそれにどんな問題があるというのだ? 現に私はこうして機能している。『怪人アンサー』という名前は一個の都市伝説として独立した。君たちは私を『怪人アンサー』として認識する。ならば我が生まれ我が育ち我が成り立ちのすべてが虚構であったところで何だというのか。噂とはみなそのようなものではないか。 怪異の寄せ集めなど、私には丁度いい。脳以外のすべて、他人の人体のつぎはぎでできたこの私には、丁度いい。お似合いの出自だ! さあ問え第七の話者よ! 「汝が行き着く果ては何処ならんや?」 私の行き着くは母の御許。すべてを集めて私は母に会いに行こう。私を生み、私を作った母を訪ねて、完全な人間となった私を母に見止めてもらおう。そして貼り合わせたばかりの指で彼女の頬を撫で、薄ずきの唇で愛を紡ごう。涙腺を震わせ、涙ながらに、彼女の優しい声を聴こう。 そのためにはまだ足りない。足りない、まだ足りない。私には歌って聞かせる喉がない。踊ってみせる脚がない。食事を嗜む胃も腸も、器官と感覚の全てが欠落している。私はひどく不完全だ。 第八の話者は問う 「それは何処の世にあらんや?」 それは知るだけ無駄なことだ。君が果てなき未来に確かめるべくもない そうだ。私はすべてを知っている。私が私である限り、私が『怪人アンサー』である限り、そんな日が来るべくもないことを。 私は常にこの欠落とともに語られる。欠落を埋め、すべてを揃えてしまえばそれは私ではない。永遠に欠けたパーツを補い合う、『怪人アンサー』とはそうあるべきだ。それが私の存在理由である限り、私は永遠に埋まらない。 脚のない都市伝説はその脚を探して嘆く 腕のない都市伝説はその腕を求めて夢を見る 首のない都市伝説はその首を請うて彷徨い出る ならば私も彼らと共に踊り続けよう この欠けた脚で、輪の中で、何度でも繰り返そう。つかの間の永遠を演じよう 私はどこにもいない 私は虚構 私のすべては虚構だ! 第九の話者、「汝は次に何を問う」などと、君はてんで頭が足りないな。 君が問うべきは「次に怪人アンサーが何を質問するのか」ではない。 「怪人アンサーからの質問に何と答えればいいのか」と、問いではなく答えを問うのだ。話さなかった。――いいや、君が問わなかったのだ。 私は『怪人アンサー』、怪人は質問すればどんな質問にでも答えてくれるが、最後に一つ君たちに質問する。その質問に答えられなければ怪人は身体の一部を持ち去ってしまう。君は私が如何にして身体を集めているのか、問わなかったね。 さあ十番目の話者よ 君の番だ そこで見ているんだろう? 画面の向こうで、そこにいるね? どこを見ているんだい 私はずっと君に、君に向けて語りかけているじゃないか 私は全知にして全脳の怪人 メタファーを以て虚構を語る予言者 答える者にして問う者 さあ質問に答えておくれ 私の質問に答えておくれ 「汝が混迷に光明をもたらさんとする者、その名は?」 『今から行くね』と機械の声が言う 画面が絶ち消える 暗転 逃げられはしない」 「答えは問いを乞う」 (あるいは「輪の中」)了 |