その晩、ぼくは夢を見た。 ぼくはやっぱりどこでもない景色の中にいて、ひとりで煩悶して苦しんでいた。見えるものはすべて嘘っぱちで、兄の姿もどこかへ消えて、ぼくはまた同じ言葉を口にした。 だからなにもみたくないし、なにも知りたくない。 みないふりをして、忘れたことにして、そうする以外になにができるっていうんだ? うすく霧がかった視界に問いかける。 答える者がないことだって、ぼくはちゃんと―― 「知ることだね」 声が答えた。ふと横を見ると中国服のキッタくんがにこにこ笑っていた。霧の中でもはっきり浮かぶそのしなやかな姿はまるで黒猫のようだ。 「ちゃんと知ることだ。 ほら、『幽霊の正体見たり枯れ尾花』と言うじゃないか。 恐怖心が先に立つと正しい姿は見えてこない。相手の正体を正しく見極め、知ることで君の不安や恐怖も少しは取り除かれるんじゃないかい?」 ……ちょっと思ったんだけどさ。 「なんだい?」 その『幽霊の正体見たり枯れ尾花』でそれが本当に幽霊だったときはどうするの? それって余計怖くならない? ぼくが言うと、キッタくんは顎に手を当て考えた。 ……まさかキッタくん 「ま、そのときはそのときだね」 やっぱり! そんなことじゃないかと思ったんだ 言っとくけどオレほんとに除霊とかできないからね。 「そう何度も言わなくたってわかってるさ。『寺生まれのTくん』、僕らは僕らにできる方法を考えようぜ」 キッタくんって意外と行き当たりなんじゃないか? 今のやりとりでぼくは急に不安になった。やぶ蛇つついてやっぱり蛇でした、なんてとてもじゃないけど笑えない。でもキッタくんは「大丈夫、案外なんとかなるものさ」なんて言って笑うから それでもいいか、とぼくは肩の力を抜いた。 これは夢の話だけど、キッタくんは現実でもきっと、同じように言って同じように笑うのだろうなと、なんとなくそう思った。 だからぼくはキッタくんと同じように笑って、笑って言うのだ。それもそうだね、と。 視界は良好。前方はどこまでも、いつまでだって霧がかってはいるけれど、不思議とつらくはない。そしてぼくは、まかせたまえ、なんて偉そうに、不敵に笑うキッタくんの顔を、隣に見る。霧が晴れて現れるであろう景色を想像する。 ――以上がぼくらの顛末だ。 “ぼく”と“キッタカタリ”が手を結ぶことになった、事のいきさつ。それからささやかな後日談。 後から考えてみるとこれがすべての始まりだったわけだ。月上ゲ町という町を舞台に行われた、ぼくとキッタカタリ、それからどこかにはいたはずの彼らの物語。 プロローグと呼ぶには長くなってしまったけど、ぼくはこれからそんなお話をあなたに、少しずつ話していきたいと思う。 まずはなにから話せばいいだろう。 廃校の夜も、雨の住宅街も、無人駅も、旧家の庵も山々も それぞれ同じくらいに重要で、語るべき物語であるには違いない。 でもとりあえず時系列に沿って話すのが一番いいんだろうな。 じゃあ、話すよ。うまくは話せないかもしれないけど、そこに座って、飲み物でも用意して、それでこっちに耳を傾けていてくれたら。 ぼくらがいつもそうしたように、さ。 |