「地獄片/極楽問答/彼岸髑髏」





「おまえさま、わたくしを連れて行ってやくださいませんか」
 と捨て髑髏が申しました。
 髑髏はずっと昔からそこにあるかのように、ひっそりと野に打ち捨てられておりました。しゃれこうべというやつです。首から下の骨はどこかへ行ってしまったようで、ただ転がっているのは首から上の頭蓋骨ばかりでした。
「どうかその腕(かいな)でわたくしを抱いてくださいまし。悪いようにはいたしません。ええ、悪いようにはしませんとも」 
 男とも女ともつかぬ声で話すのは、やはりその捨て髑髏であるようです。妙な話もあるものだ。男は足を止めました。ちょうど一人の道行きも、退屈を感じていたところです。男は髑髏に尋ねました。
「おまえはどこへ行くのかい」
「おまえさまと同じところでございますよ」
 髑髏は神妙に答えます。「おまえさまの足の向くほうがわたくしの行き先でございます」
 妙なことを言うものだ。男は両手で髑髏を持ち上げました。髑髏というのは骨ばかりですから、実に軽々と持ち上がりました。男は両腕で髑髏を抱えました。髑髏はすっぽりと腕の中におさまりました。まるでずっと昔からそこにあるかのような具合です。
 さて髑髏の申しますには、
「わたくしはトミノと申します。可愛いトミノ、可愛そうなトミノ」
「髑髏にも名前があるのかい」
「ええ髑髏にも名前はございますよ」
 とて顎をからから鳴らします。
「さあ、いざいざまいりましょう」

 男と髑髏は奇妙な道行き、とぼとぼ歩いて荒原を渡ります。するとあたりはいつの間にやら岩ばかり。風はごおごお吹きすさび、棘立った地は裸足の足を突き刺します。ふと男が足下に目をやると、そこはなんと谷でした。険しい谷です。長い谷です。そしてずいぶん深い谷です。ここから落ちたならば二度と元の道には戻れますまい。どこをどう迷い込んだことやら、男と髑髏は高い岩の山道を渡っていたのです。
 谷の下には一面に黄色い花が咲いております。それから熊がおります。魚もおります。ひょうひょうと宙を行くは鷹でございましょうか。ずっと遠いのでいずれも定かではありません。道の果てもまた、岩々のあいだを紆余曲折としていつ終わるとも知れません。道というのはもちろん、男と髑髏が先へ先へと進むこの道のことでございます。誰もがこの道を通ることになります。けれど後にも先にも、この道には誰もおりません。
 男は髑髏に尋ねました。

「おまえはこの先になにがあるのか知っているのかい」
「知っておりますよ」
「なにがある」
「なにがあるのでしょうなあ」
「髑髏が生意気になにをとぼけるか」
「そうお腹立ちなさるな。お歌でもいかがです」
「髑髏が歌うのかい」
「髑髏は歌いますよ。ずっと昔から歌いますよ」
「へえ、おまえはなにを歌うのだ」
「わたくしは地獄を歌いますよ。鶯の声で歌いますよ」
「ならひとつ歌ってほしいものだ」
「ドレひとつ歌ってごらんにいれましょう」

 とて、この髑髏の歌いますには、以下のごとくの地獄唄。

 ひとつ積んでは父のため ふたつ積んでは母のため
 みたび頭をめぐれども 四方の水は満ちるかな
 はて来やれやいつつ時 六道輪廻の機はいずこ
 とかく地獄はなな曲がり 八路の果てに立つ瀬は死人
 ここのつ数えりゃもういくつ
 ここのつ数えりゃもうひとつ
 とおまで数えてトミノの地獄を数えましょう


 歌うは髑髏のさえずり、しかれどもその澄んだことたるや、地獄に春も来なんというばかり。これにはさしもの男も感嘆の息を禁じ得ません。
「これはなかなか」
「トミノはお歌がうまいのです」
 と答えましたのは、しかし髑髏ではありません。
 首です。白くたおやかな、うつくしい首でした。いつのまにかわったのでしょう。少年のような少女のようなかんばせの、男とも女ともつかない首です。このうつくしい生首は男の両腕に、ずっと昔からそこにあるかのような顔でおさまっておりました。
 男は続けざまに感嘆の息をもらして、
「おまえ、トミノかい」
「ええわたくしはずっと昔からトミノでございますよ」
「さっきまでは骨だけだったじゃないか」
「骨だけでもわたくしはトミノなんでございますよ」

 首はころころと鈴のように笑いました。あどけなく笑えば童女に見え、目を細めれば青年の首とも思われます。しかし、なんといっても首から下がないのだから、女であれど男であれど同じことでございましょう。
 それはそれはうつくしい生首でありました。

「ではおまえはトミノなのだな」
「ええトミノでございます。地獄とあるからには、死者の血肉が肥やしにならばこんなようにもございます」
 地獄、と首は申しました。気づけばあたりはまっくらくらやみ。足の裏の感覚を頼りに歩くほかありません。くらやみの道ゆきをさぐりさぐり、男は首に尋ねました。
「ここは地獄だったのだな」
「ええ地獄でございます」
 生首はやはり神妙に答えるのでありました。「ここは地獄にございます」

 そうです、ここは地獄でありました。
 みなさまにおかれましても、地獄というものについてはとくご存じかと思われます。生前に罪を犯したものが落とされるという、あの地獄でございます。男と首の行く道もひとつ地獄みち。さては此山は噂に名高き死出の山か。気づけばあたりははや地獄。くらやみからは、白い煙がぐらぐら雲を巻いております。煙はいつまでも、そしていくらでも沸いて出てくるように思われます。ごおごおと風に混じるは亡者どもの嘆きの声でございましょうか。
 そうかここは地獄であったか。男はここにたって合点いたしました。

「ではおまえは悪魔かなにかか」
「冗談を申されますな。このような悪魔があるものですか」
「ではおまえは天使なのかい」
「またまたご冗談を。天使というのはもっと清らかなものです」
 首は調子よく答えます。男はさらに言いました。
「おれを地獄へ叩き込もうというのか」
「わたくしはメフィストフェレスではございません。地獄の蓋を押しあけるにはわたくしなどでは力不足。なにせこのとおり、腕がございません」
「それでは天国へ連れていってくれるとでもいうのかい」
「わたくしはベアトリーチェではございません。どうして天国への門が叩けましょう。ごらんのとおり腕もなく、まさか額でノックするわけにもまいりません」
「じゃおまえはなんなのだ」
「わたくしはトミノでございますよ」
 生首はうたいあげるように言いました。

「わたくしはトミノ、籠の鶯にして車の金羊。わたくしがおらねば、おまえさまはたったひとりで地獄の谷を底へ底へとゆかねばなりません。それはそれは恐ろしい死出の旅でございます」
「じごくのたに。それではやはり、ここはあの地獄なのだな」
「まさしくその地獄でございます。わたくしはおまえさまを無事に地獄の釜の底まで案内するのがお役目なのですよ」
「おまえは人を食ったような首だな」
「幸いにもまだ人を喰らったことはありませぬ。餓鬼道に落ちるは欲張りだけと、相場が決まっておりますからな」
 地獄でございますからにはみなそのように、と首が言いますので、男は、やはり地獄なのだなと思いました。地獄でございます、と首はまた笑います。


 さて、地獄でございます。
 親不孝は石で潰され、嘘つきは針で貫かれ、色狂いは蛇、怯懦は畜生の身も同然です。背をぶたれます。舌を千回も抜かれます。まぶたに石を詰められます。火に焼かれます。石を呑まされます。剣の木と針の山を登らされます。裂かれ、潰され、粉々にされ、どんなに泣いても許されません。釜で煮られ、血で溺れ、溶かした鉄をごくごくと、刃を渡りてはぎりぎりと。それからいつまでも、いつまでも落ち続けます。ひもじくては死に、死にてはまたひもじ。百ほども死んでようやく、と思いきや、与えられるのは百度目のよみがえりという始末。げに恐ろしきは地獄の目覚めとはまさにこのこと。
 それもこれも生前に犯した罪のせい。みなみな地獄に落ちるは自業自得というも当然で、因果応報の所行なのでございました。すべては罪悪の成すところ。もはや死でさえも犯した業から逃れるすべとはなり得ないのでありました。
 地獄というのは、おおよそこのようなものでございます。




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