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「桜喰い」

(2015/03/21)

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
お題:「桜の木の下で」


 桜である。立派なものだ。川に向かってのびのびと枝葉を伸ばす。その枝振りも良ければ花弁も大きく、春になれば見事な花を咲かせてみせる。この川沿いの桜並木でもいっとう立派な桜である。
 さてこの桜には、幹の途中に真一文字の傷があった。幼木のころについたものやら、ちょうど人の背の立ったあたりに一筋の傷が走っている。その傷というのが自然のものとも思われない。すっぱりと深くまで削られたそれは、刀で袈裟懸けにでも斬られたような有様で、どうにも傷としか形容しようがない。ならば何者かが戯れに傷つけたものか。しかしそのような傷がいつからあったのかについて知る者はなく、あったのはあった、昔からあったのだとみな一様に口をそろえた。なるほど傷の跡も幹と同様に古い。最初から傷を抱えて成長したとしか思われない有様だ。
 そういうわけでこの桜は「刃桜(はざくら)」などと揶揄して呼ばれる。花は良けれど幹には傷がある、花に惹かれて花見をしてみりゃ人は初めて傷に気付く、そんなふうに誰かが言ったのだろう。いずれにせよ古い名である。今はもう、その名で呼ぶ者はいない。

 桜である。桜といえば花見をするもの。この桜も葉振り花振りはそりゃ立派なもんだから、春になればとっかえひっかえ花見客がやってくる。人が途絶える時はないと言っても過言ではない。朝といい夜といい、それぞれの客がそれぞれの肴をもってこの桜を訪れる。わいわいがやがや酒を飲めや飯を喰らえやの大騒ぎだ。
 さて、どの座にも決まってひとりは弁士気取りがいるもので、宴の席には得意の弁舌を披露したがるのが常というもの。
 弁士連中がまず目を付けるのが件の桜の傷であった。「刃桜」の異名の元となったあの傷である。連中は「さあさお聴きくだされや。右手にございますは日の本は天下の桜でございます。三国一の桜と名高いこの一木、ハテ、ここにこのような傷がござろう……」などと調子よく謳い上げるのだ。
 その傷の由縁や如何に――まっこと調子の良いものである。酔っ払いどもに人気なのは女と恋と人傷沙汰でござる。想像もできよう。惚れた腫れたでこじれた男女が、夫の嫉妬の末、追いかけに追いかけられ、この桜の下で情人もろとも斬り伏せられた、桜の傷は女を刺し貫いてまだ怒りのさめやらぬ夫が、女ごと刀を幹に押しあてなぎ払った、そのときついた刀傷がこれこのような有様じゃ、と。おおよそどの弁士気取りもそのような具合である。

 ところがここにちょっと気のつく弁士があった。彼はありふれた話の最後に落ちを付け加えた。夫は女を殺した後、我に返って死体の処理に気を揉んだ。まさか自分が殺した女を担いで持って帰るわけにはいかぬ。そこで夫は女を埋めた。埋めたというのが、諸君らの尻の下――この桜のふもとである。
 そうやって宴の席に恐怖の色を投げかけたのである。これには相当反響があったと見えて。女の情人の方はどうした。それも埋めたか。いやそちらは川に流したのじゃ。死体と言えど木の下で二人結ばれようなどとは死んでも許さぬ。
 女が埋まっているからこのように、他の桜よりもうつくしく花を咲かすのであるな。人を食らって花を咲かすのだ。「刃桜」などと大和ぶらず、「人食い桜」と呼ぶがふさわしい。

 語れ語りや語らずとても。誰が口にしたかや言葉は呪い。「人食い桜」の名は瞬く間に浸透し、次の春にはこの桜の下、心のある者どもは嬉々として怪談を語った。
 曰く、死んだ女の血で桜が赤く咲くのだと。
 曰く、そろそろ次の人身御供をほしがる頃合いだと。
 曰く、以前ここで怪談を話した男は桜に食われて死んだなどと――そのような話まで出る有様。

 何が本当かまるでわかったものではない。嘘というならいずれの話も嘘のはずである。女も嘘なら死体も嘘。桜が人を食うなど誰も本当にそう思って話しているわけではない。それらは根も葉もない噂話、幹も花もある桜だけが本当である。その桜が立派な桜で、幹に一文字の傷があるという事実だけが本当である。しかし「嘘から出たまこと」とは昔の人はよく言ったもので、まことしやかに語られるうちいつしか嘘は本当に、本当には嘘に。人はこの桜を人食い桜と呼んだ。今や刃桜の異名は忘れられ、人を食った、女を食った桜として当然のごとくに受け取られている。しからば人食い人食いと呼ばれ続けたこの桜も、次第にその気を起こしたとしても何ら不思議はないのでは?

 …………。

 そんなわけで、桜である。立派なものだ。川に向かってのびのびと枝葉を伸ばす。その枝振りも良ければ花弁も大きく、春になれば見事な花を咲かせてみせる。この川沿いの桜並木でもいっとう立派な桜である。
 名は「人食い桜」と呼ばれている。



追記

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