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「ラッカ・テンショウ」

(2015/03/08)

 では語って聞かせよう。

 ある夫婦のもとに醜い子供が生まれた。
 美男美女の両親には似ても似つかない、不気味な顔の男の子だ。子にはなんの咎もない。それは重々承知していたが内心では疎まずにはいられなかった。なぜこの子はこんなにも醜いのか、わたしたちに似ていないのか。母親は周囲の目を厭うて我が子を外に出したがらなかった。
 だから家族三人で遊園地に出かけたのはその時が初めてだったに違いない。その子の三歳の誕生日だ。その子もこの時ばかりは子供らしく、心の底から遊園地を楽しんだだろうね。楽しいときは過ぎ、子供はおしっこがしたいといった。
 母親は用足しのために遊園地の外れに連れていった。その遊園地の外れというのは崖になっていたのさ。ほんの出来心、そうさほんの出来心だったはずさ。母親は醜い我が子の背を押した。崖からつき落としてしまったのさ。大人なら助かったかもしれない高さ、だがわずか三歳の子供を死に至らしめるのには十分すぎる高さだった。

 そしてそれから三年の月日が流れた。夫婦のもとには新しい子供が生まれた。また男の子だ。しかし今度は顔かたちの良い、可愛い男の子だ。夫婦も満足し、その子をとても可愛がった。
 そしてその子の三歳の誕生日、家族三人は遊園地へ遊びに行った。おしっこがしたいというその子を母親は、用足しのために遊園地の外れに連れていった。そうだよ、例の崖だ。母親はそこで用を足させた。するとその子が不意に母親を振り返って言った。

「お母さん、こんどはおとさないでね」

 ……振り返った顔は、あの醜い我が子と同じ顔形だったそうだ。


*****


 ――ふと、過ぎゆく光景に違和感を覚えて振り返った。道路を挟んだ向こうでは仲の良さそうな父と子が、手をつないで歩いている。
「どうしたんだいTくん」
 隣のキッタくんが慣れた様子でそう訊いた。実際、この人はぼくのちょっとした奇行にはもうたいがい慣れっこだ。
「いや、ちょっと。キッタくん、あの子わかる?」
「ああ、あの親子か。なかなか可愛らしい顔立ちの子供だ。小学三、四年といったところかな。あの子供がどうかしたかい?」
 ……キッタくんにも見えているということは、悪鬼亡霊のたぐいではないらしい。興味に目を光らせるキッタくんに対してぼくはかぶりを振った。
「いや、たぶん見間違い。一瞬あの子の顔がすごい顔に見えてさ」
「すごい顔?」
「うん。地獄のヒキガエルみたいな」
「君の喩えも大概わかりくいな」
 と首を傾け、キッタくんは視界から遠ざかっていく親子をちらりと見た。
「要は潰れた顔と言いたいわけか」
「まあね。見直してみたら全然」
 そんなことはなかったわけだけど。
 よくよく視ても、別段変わったところはない。休日のお父さんと息子が手をつないで歩く、幸せそうな一枚だ。男の子の顔はつやつやとして、幸福そうで、なにかが憑いているというわけでもなさそうだ。もしなにかあるとすればあるいは――
「あの子供自身が何らかの怪異である、という可能性は残るわけだが」
「『あなたの息子さん、化け物じゃないですか?』って訊くの? やだよ。文句の付けどころのない仲良さそうなお父さんと子供じゃないか」
「そうかい?」
 キッタくんが眉をひそめる。小声で言った。
「僕があの親子を見て浮かんだ言葉を教えてやろうか。――誘拐犯と被害者。あるいは脅迫関係だ」
「あの子が誘拐されてるって? いや、それ考えすぎだよ」
「誰も被害者が子供の方だとは言ってない」
 父親の方だよ、そう言ってキッタくんは口をつぐんだ。言われてぼくは、父親の方にまできちんと目を向けていなかったことに気がついた。もう一度確認しようと思って振り返ったが親子の姿はどこにもなかった。



追記

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