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「予知夢」

(2014/12/26)

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負 
お題:「夢の続き」「簡単には逃がしてやらない」



 18時45分に私は女を殺してしまう。
 私はコンビニで立ち読みをしている。時計に目を落とす。腕時計は18時35分をさしている。顔を上げる。向こうの道に女が歩いているのが見える。私はコミック雑誌を棚へ戻す。足早に店を出る。
 女は私の少し前を歩いている。女は黒いダウンジャケットを羽織っていて、手にスーパーのビニール袋を下げている。決まってスーパーのビニール袋だ。私は時計を見る。18時40分。女が角を曲がる。私は遅れてそれに続く。曲がった先には女の他に誰もいない。この時間このタイミングにこの道を行き来する者はいない。
 私は鞄に手を差し入れる。そこには書類やノートパソコンと一緒に、布でつつまれた包丁が入っている。私の手は迷わず包丁の柄をつかむ。私は女の無防備な背中をたしかめる。女は若くはないが私よりは年下のはずだ。女はこちらには気づかない。私は女の背に忍び寄る。両手で包丁の柄を持つ。
 その瞬間には空気が止まる。私は女の背を一突きにする。女は声一つ上げない。はっと息を吐くのがわかる。女は振り向こうとして、そのまま前に倒れる。私は倒れた女の背にまたがる。包丁を突き立てる。女の身体が痙攣する。私はその背に包丁を突き立てる。何度も突き立てる。そのうちに腕がだるくなってくる。もうやめようと思ったあたりで女が動かなくなる。動かなくなったのを確認して、やっと私は手を止める。包丁を抜く。ダウンジャケットから綿のような羽と、ぬめりけのある血がこぼれる。私の手は血に塗れている。私は腕を撫でる。腕時計が目に入る。時計は18時45分をさしている。女は死んでいる。私は女を殺してしまう。ああ、殺してしまった、と私は血塗れの手で嘆息する。

 ――無論、これは夢の話である。
 そして現在、私の前を女が歩いている。女は私の少し前を歩いている。黒いダウンジャケットを着た、私よりも若い女だ。手にはスーパーの袋を持っている。時刻は18時半を少し過ぎたあたり。時計を見る。針は18時40分をさしていた。
 私は何度も同じ夢を見た。いま振り返った通りの夢だ。私は出張先の縁もゆかりもない町で、見ず知らずの女を殺してしまう。それも包丁で何度も滅多ざしにして殺してしまうのだ。私は最初、この夢が恐ろしくてたまらなかった。夢は奇妙な現実感を伴って、私を夜ごとに苛んだ。いつか私は見も知らぬ女を殺してしまうのではないか、と。しかし何度も夢を繰り返すうちに、いつしか私は夢を恍惚として受け入れるようになった。女も背に包丁を突き立てるたび、現実のストレスが消え失せるように思えたのだ。そしてまた、殺される女の方でもそれを望んでいるのではないか? こんなに何度も夢に見ているのに、一度も抵抗しないのだから、女の方でも殺されたがっているのではないか? そう思うようになっていた。

 そしてその時はやってきた。出張先でコンビニに立ち寄った。私は何気なく雑誌を手に取った。そこで気づいた。これはどこかで見た光景だ。私は時計を見た。時刻は18時35分。顔を上げた。そこには夢そのままの風景が広がっていた。女が向こうの道を一人で歩いていた。
 私は女を追って店を出ていた。
 私は予感を感じている。
 女が角を曲がる。私も女に従って遅れて角を曲がった。曲がった先は街灯も少なければ人けもない。女が一人歩いているだけの細道だ。私は鞄に手を伸ばす。書類の束に混じって硬い感触があった。つかんで抜き出す。街灯のわずかな光を受けて鋭く光る。包丁だ。いつ入れたのか私にはまるで覚えがない。しかしこれは私が入れたものに違いない。
 私は女の背にそっと忍び寄る。女が後ろに気づく気配はない。女の背中はてんで無防備だ。こんなに無防備だと、包丁を刺したくなってしまう。この見ず知らずの女もそれを望んでいるのではないか? だって夢の中では、あんなに何度も私に身体をゆだねたのだ。
 そうだ、夢の、夢のとおりにしてやらないと。おんなの、背を、この、包丁で。めったざしに、してやらないと。
 私は包丁を両手で握りしめる。

 ――そこで硬い感触があった。
 薬指、結婚指輪が硬く包丁の柄にあたったのだ。瞬間、私の頭の中に妻の顔が浮かんだ。成長した子供たちに出て行かれ、今も家でひとり私の帰りを待ち続けているであろう妻のことが、走馬燈のように思い浮かんだ。
 そうだ、一家の大黒柱たる私が、こんな馬鹿なことをしてどうするんだ。夢は所詮、夢じゃないか。こんなことはやめるべきだ。
 私は内なる声に従って、包丁を握る手をおろした。
 事を起こす前で本当によかった。
 私はほっと安心して前を向いた。



 女が 立ち止まって こちらを向いていた。


 私はその視線にひるんでしまった。自分より一回り年下の女になにをと思うが、女の目には不思議な光が宿っていた。睨んで、いる。――そこで私は気づいた。私がいつも夢の中で女を殺すときは、決まって背後から気取られないうちに一突きにしていた。だから女の顔を正面から見るのはこれが初めてだ。暗がりの中、女の目だけが燐光のように揺らめいている。女の背後の闇から、獣のうなり声のような音がかすかに鳴っている。
 女がこちらを睨みながら言った。ニタニタ笑って、一言だけ


「夢と違うことするなよ」





追記

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