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「雑踏」

(2014/09/07)

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負 
お題「雑踏」

 たぶん、それが最初だった。記憶している最初の食い違いだ。

 ブランコが揺れた。静かな日だった。風もあまり吹いていなくて、ブランコのきいきい鳴く音だけが寒空に響いた。女の人だった。ブランコに座って、小さく揺らしているのは女の人だ。全身真っ黒の服を着ている。なんだか影絵がそのまま壁から起きあがってきた、みたいな人だった。それ以上の細かいことは覚えていない。子供だったから、母と同じかそれより上の年の女の人は、ぼくにとってはみんな「おばさん」だった。
それに暗くてよく見えなかったというのもある。
それでもぼくがこの出来事を覚えているのは、それが門限をとっくに過ぎた、いつもと違う公園でのことだったからだ。ぼくひとりじゃない。クラスの仲間も何人かいた。夜の公園に友達と集まって、というのは非日常的で、記憶に残っていたのだと思う。
 そこに、ブランコに乗る女の人。大人の女の人が公園のブランコに乗っている姿というのが子供の目から見て、あまりに奇妙だった。
 最初ぼくはみんなが騒いでいる理由がわからなかった。ブランコを指さして、わーわー言っているのはなぜなのか。みんなが思い思いに逃げ出しても、新しい遊びだろうかと、よくわからないままに逃げる背中に付いていった。
公園から離れて、やばいやばいと繰り返す。そんなみんなにぼくは疎外感を感じた。だからぼくは、
「女の人だったね」
 そう言って、なんとか会話に加わろうとした。あのブランコはやばいんだって、と言っていた友達の動きが止まった。なんだって? と顔がゆがむ。
「ブランコ乗ってたの、女の人だったろ? 髪が長い、黒い服の」
 あれはやばいよね、と。適当に話を合わせて言ったのだ。全身黒ずくめってやばいよ、と。
 みんなはしんと静まり返った。ぼくが変なこと言ったかなと後悔した頃には、叫ぶわわめくは、泣き出す子も出てきて一大パニックになった。
 あの後どう収束したのかは覚えていない。
 でもたしかあのあたりをきっかけに、あいつは変だと避けられ出して、そのまま中学に入って「寺生まれのTくん」だなんてあだ名を付けられて……みんながその由来を忘れるまで、高校までかかってしまった。

 後になって思うとあれは「風もないのにブランコが揺れる」という噂の検証だったのだ。それなら門限が過ぎた時間に仲間が集まっていた理由もよくわかる。つまりあのブランコに乗っていた女の人は幽霊かなにかで、それがぼくにしか見えなかったものだからみんなは怖がったのだ。

 ぼくはあの事件で二つのことを学んだ。
 ぼくが見ているものは他の人とは違うということ。
 それから、それをあまり口に出さない方がいい、ということ。無駄に怖がらせることになるし、下手すれば変に思われるのはこっちだ。そういうことはだいたい信じてもらえない。
 風がなくてもひとりでにブランコが揺れているなら、みんなに合わせて「不思議だなあ」なんて言っていればいいんだ。あるいはあのブランコはやばい、とか言って。
 だからぼくは――

 やあ、と肩を叩かれた。待たせたね、と。
 遅れてぼくは振り返る。待ち合わせの相手だった。この人混みの中だから、見つけてもらえるか不安だった。いくら相手がぼくより頭一つ大きい巨体でも、これだけ人がいたら見つけられる自信がない。相手の方が見つけてくれたのはぼくにとって幸いだった。
 仕事が長引いてな。心配せんでも事後処理は姉に頼んできた。彼は独特のなまりでそう告げた。ぼくは急いでいいんですそんなとなだめにかかる。年上の男がただの高校生にぺこぺこ頭を下げる姿は嫌でも目立つ。ほんなら詳しく話を聞こかと相手が言うのをこれ幸いと、ぼくはどこか座れるところでもと相手の背を押す。離れ際に彼はぼそっと呟いた。

「こんな人通りのないところで待たんでも」

 ぼくは口をつぐむ。どうせ信じてもらえないのだ。
 ――だからぼくは言わない。
 いましたよ。人混みの幽霊じゃないですか、なんて。



追記

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