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「娘不条理、夢は二度見ず」

(2014/07/13)

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
お題:「閉じた瞼に夢の続きを」


 あるとき、キッタカタリは夢を見た。

 意識ははっきりしていた。感覚も現実のものと変わりないように思える。しかし、これは夢だという確信があった。そうでなくてはこのような、何もない、果てなく続く白い空間はあまりに現実離れしている。ここに来る前の記憶もない。着ている服も普段部屋着としている中国服のままだ。このまま出歩くはずもない。だから自分は夢を視ているのだと、キッタカタリはきわめて冷静に判断を下した。
 夢は唐突に始まった。背後からすすり泣くような声が聞こえたのだ。キッタカタリは声のする方を振り向いた。何もなかった空間に、一人の少女が顔をおおって泣いていた。――年頃は小学生の中・高学年くらいだろうか。花柄をあしらった一昔前のデザインのワンピースを着ている。

「おねえちゃん」

 と、少女が言った。
 すすり泣き、離れていてもその声ははっきりと聞きとれた。

「お願いがあるの」
「僕は君のお姉ちゃんじゃないよ」
 これは夢だ。ならばと言わんばかりに、キッタカタリはあえて的を外した答えを返した。
 聞いてくれるわね、少女は強引に先を続ける。
「あたしの大事なものを隠されたの。とっても大事なものなの。お願い、あたしのかわりに取ってきて」
 いつの間にか少女のすすり泣きは止まっていた。両手でおおわれた顔の下は泣き顔か笑い顔か、といったところか。何も答えずにいると少女は
「じゃあ道順を押してあげるわね。ようく聞いてね。一回しか言わないからね。間違えたら酷いからね」
 さてどうしたものか、とキッタカタリは腕を組んだ。

「まず赤と白と青の門があるから」
――赤い門をくぐる」
「え?」
 不意をつかれた声とともに、少女がおおっていた顔を上げた。キッタカタリは構わず続ける。

「次に四つの扉があってそこは左から二番目。その中にある五つの窓は右から四番目をくぐる。窓から出た先には上りの階段。階段を上るとそこから六つ下りの階段があるから、右から三番目を選んで降りる。すると今度は穴が七つ並んでいる。覗くのは左から五番目の穴だ」

 そこまで一気にそらんじて腕をほどく。

「穴の中、金網の下に君の大事なハーモニカが入っている――そうだったね、『ぶきみちゃん』?」
「どうして」
 それを、と目を見開く少女を見て、にこにこと笑った。

「一度でも間違えればアウト、それも今度は話を聞いたあなたの夢に現れます、と続くんだからさ、僕も君の噂が流行った頃に必死で暗記したクチさ」
 キッタカタリはそう事も無げに答える。
「君は意地悪な子だ。わざわざそんな面倒な手順を踏ませて、間違えた人間を夢に閉じこめるんだからね。道順がわかっているなら君が取りに行けばいい。だって――隠したのも君なんだろう?」

 少女の顔色が見る見る変わる。真っ赤に、次に青白くなって次第に膨張する。その姿はまさに不気味としか言いようがない。恨みのこもった眼差しでにらみつける。キッタカタリはなおも笑みを絶やさず、諭すように言う。
「誤解しないでくれよ。こっちは道を間違えずにちゃんと取ってきてあげられると言っているんだから」

 それを聞いて『ぶきみちゃん』の膨張した頭部がはじけた。

「おまえは嫌なやつだ!」


*****


 そこで、キッタカタリは目を覚ました。
 目覚めて開口一番の台詞には
――ああ、大人げないことをした」
「変な夢でも見た?」

 そう言ったのは向かいの席に座るTだ。
「キッタくんでもうたた寝とかするんだ」
 なんか意外だな、と言葉通りにテーブルを挟んでTは感心した口調で言った。
「失礼だな。誰だってそのくらいのことはするさ」
 ソファから身を起こす。痛む首を二、三度ひねり、テーブルに目を落とす。テーブルの上に展開されたジグソーパズルは夢に入る前の光景からわずかにしか進んでいない。おおかたTの方もうとうとと過ごしていたのだろう。Tはばつの悪そうな顔をして誤魔化すように尋ねた。

「それで、『おとなげないことをした』って、どんな夢だったの?」
「うん? ああ、実は――
 と、そこで思い直す。『ぶきみちゃん』は怪談話を聞いた相手の夢に三日以内に現れる、感染する怪異の性格があることを思い出したのだ。
――君には無理だ」
「え。なにそれどういうこと」
「君じゃ多分あの道順を覚えられないだろうからね……にしても、僕はハーモニカを見つけだした後の展開を知りたかっただけなのに――彼らとはどうも相性が良くないらしい。もう一度眠ったらあの続きから見れないかな」
「……よくわかんないけど、楽しそうでいいね」
 
 不器用にパズルを埋めだすTを前に、キッタカタリは溜息を以てソファに身を沈める。
 そしてもう一度目を閉じる。
 すると、あんたなんかごめんだわ、と
 どこかで少女が舌を出したような気がした。



追記

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