ごみ箱 | ナノ
猩影
「おい」

「……はい?」

「なんてブサイクな顔してんだお前」

「…元からですよ」

「……ふん」

なんだよその反応。
私がお世話係りを命じられている狒々さまのご子息の猩影さまは少々(否だいぶ)ひねくれ者である。

しかも質の悪い、私の前だけ。
その証拠に猩影さまは私の名前を呼んだことがない。

いや、この言い方だと少し語弊がある。
少なからず小さいときは呼んでくれていた。
最初は「はなこちゃん」今の猩影さまには考えられない呼び方だ。
次は「はなこ」大方私に慣れてきたころだろう。
遂には「お前」呼ばわり。

雪女のことは「姉さん」とか言うくせに私には「お前」ですか、ああそうですか。
誰が小さい時からお世話してると思ってんだか…あのボンクラめ。

なんて悪態をついたところでいきなり猩影さまがいい子ちゃんになるわけもない。

あーあ、これだから思春期のガキは嫌いなんだよばーか。


「ってことで奴良組本家の所に行ってきます。1週間くらいで戻りますんで」

奴良組3代目のリクオさまに狒々さまがお手紙を書いたので私が飛脚役に選ばれた。
(本家の三羽鴉に頼めばいいものの、なんで私なんだか)

猩影さまのお世話係りであるが、狒々さまの命なら仕方のないこと。
一応猩影さまに一言言っておこうと思い、自室にいた猩影さまに言いに行った。

「なんでお前なんだ?」

「さあ?狒々さまに尋ねてください」

「奴良組本家には三羽鴉がいるだろ?」

「そうですね、私も思いましたよ」

「お前みたいな足の遅いやつが行っても意味ないんじゃねえか?」

「………」

流石の私もこれには少々(否だいぶ)神経を逆撫でされた気持ちになった。

三羽鴉と比べれれば確かに私は負けてしまうだろう。
しかし、そんじょそこらの妖怪に負けるつもりはない。
そうだ、猩影さまにもだ。

「お前が行ったって邪魔になるだけだよ」

「……猩影さまって」

ここまで言われて黙っておけるほど私はおしとやかではない。
所詮は私も血気の多い妖怪なんだ。

「私がいなくなると寂しいんじゃないんですか?」

「………は?」

「やっぱ私のことも名前で呼ばなくなったのも、私を女として意識したからじゃないんです?」

「なに言って…」

「人間の言葉で言ったらツンデレってやつですか?いやあ猩影さまにもそんな可愛いところがあったんですねえ」

「………」

「小さいときは素直でよかったんですけど…大きくなったのはカラダだけですね!むしろ心は幼くなっちゃったんじゃないんですか?思春期って大変ですね!」

「………」

まるで他人ごと(実際他人なわけだが)のように話す私に黙り込んでしまった猩影さま。

こんなことで黙っちゃうなんてまだまだ子供だなあ、猩影さまも。
狒々さまが「お前らはまだまだ子供だな」とか仰ってたけど、ぶっちゃけ「お前ら」じゃなくて「猩影」さまだけじゃない?

しかし流石にこれは言い過ぎたと思い、猩影さまの顔をちらり、と見る。
見てみると……

「え」

「っ、おまえなんか」

「は、へ、えと…」

「…はなこなんか…」

「!」

何年ぶりに呼ばれたかであろう名前に少し心が反応する。

うわ、こんなことに反応してしまうだなんて私も甘いなあ…。
(多分これはあれだ、あれ。ヒナが懐いてくれた時の感動の気持ちだ)

なんて驚いている間も猩影さまはプルプルしていた。

「し、猩影さま?」

「さっさと行っちまえよ!」

そう行って部屋から出て行った猩影さまに私はぽかんとするしかなかった。

だって、だって、

「顔、真っ赤」

それは悔しそうで泣き出しそうで恥ずかしそうな、どこか恋してる女の子みたいな顔だった。


(思春期も悪くないな)


猩影くんはオトメンだといいな
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