蠍蝗
 

□瞬間

 一抹の迷いもなく振るわれた刃は真っ直ぐに依代の腰を両断し、上半身と下半身で分かたれながら、依代は思う。
 このまま何もせず、悪魔が動くのを抑え続けていれば、理不尽な復讐者は己を殺すのだろうと。それはそれで楽なのだろう。
 或いは、絶対的な自由である。
 随分と昔に、災厄が彼に言った。
 “おまえは、わたしの‘物’だ、何者にも譲ってやらぬ、指先一つの自由も与えてやるものか、おまえがおまえの意志で生きているなどと思い上がるな、‘小道具’め!”
 それはたまたま記憶していたというだけの、彼に向けられた言葉で、彼との決別を決めた依代にとっては全然全く少しも関係ないことだった。しかしながら彼にそれだけのことを言って彼を貶め彼を虐げ何度となく彼を殺した災厄は、今や総ての罪を無視して複数の人間たちの保護の元でのうのうと暮らしている。対して依代はというと、自分自身の半分を悪魔に奪われ、そこには思考の自由すらもない。悪魔は依代に気を使っているのか成りを潜めてはいるが、その気になれば依代の総てを独占することもできるのだろう。その元凶を作ったのは他でもない災厄であり、その保護者なのだ。
 とはいえ、それ故に今や災厄や保護者や悪魔の命は彼の決断次第でどうにでもなる、のだ。そして依代は自分が生きていることには、ただ一つの例外を除いては何の興味もなかった。その例外とて棄てるのは容易だった。
 しかし、思う。己が復讐の為に今現在目の前で剣、正確には鋏を振るった女に易々と殺されてやったとして、それは女の望みを叶え、何よりこの女が依代の上位に成り上がるということになるのだろう。
 ――冗談じゃない。
 結論と共に悪魔からほとばしる黒は、あらゆる不自由をもって依代の命を救う為、依代の視界を埋め尽くした。

 “やられる前に、やっちまえ”

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