蠍蝗
 

□けものと旅人 仕返しの話

 ある所にけものがいた。そのけものは魂を持っていなかった。というのも、けものが生まれた時にけものの中に入る筈の魂が、結局は他のけものの中に入ってしまったからだった。そんな訳でけものは体が欲しがるままに肉を取って食べ、体が疲れた時には眠って休み、体が命じるままに生きていた。けものは良く利く鼻を使って生き物のいる方へと移動していて、そのうちに人間が住む村のすぐ近くにまでやってきた。他の動物より足も遅く力も弱い人間を取って食べるのは楽だったので、けものは度々村に現れては人間を取って食べていた。村人たちは村人たちでけものを警戒してはいたが、力の強いけものは家の中に逃げ込んでも壁を壊して入ってきたし、足の速いけものは罠を仕掛けてもすぐに逃げてしまって捕まえることもできずにいた。
 そんな折に、村に旅人がやってきた。旅人はけもののように力が強い訳でも速く動ける訳でもなかったが、魂と入れ物とそれらの理を知っていた。村人たちは旅人にけものを退治して欲しいと頼み、旅人ははじめそれを断った。しかし村人たちがあまりに旅人を頼りにして、村に滞在している間の宿代と食事代を無料にすること、退治できなくとも追い払えば報酬をくれることを約束すると言ったので、渋々ながら旅人はそれを引き受けた。
 それから一週間が経った夜、村にけものがやってきた。けものは村人を襲おうとしたが、旅人が脅かしてやると驚いて逃げて行った。村人は喜んで旅人に報酬を渡したが、旅人は次の朝になってもその次の朝になっても村から出て行こうとしなかった。村人たちは約束してしまったので旅人から宿代と食事代を取ることができず、はじめは旅人に感謝をしていた村人たちも、働きもせずに横柄に暮らす旅人に対して次第に冷ややかな態度を取るようになった。
 そうして一月二月と時間が過ぎていき、ある夜、村に再びけものが現れた。けものがまた現れるなどと思いも寄らなかった村人たちは慌てて旅人に助けを求め、旅人は待っていたとばかりにけものの前に踊り出た。そして旅人はからっぽのけものに、村で一番歌が上手かったがけものに食い殺されてしまった娘の魂を捕まえて入れた。それと同時にけものに人間の姿も与え、けものを人間の中で暮らせるようにした。それから村人たちにけものに娘の魂を入れたことを告げると、いそいそと荷物を纏めて村を出て行ってしまった。
 次の朝、村人たちはけものをどうするか話し合った。その結果、娘の親の元にやるのが一番良いだろうということに決まり、娘の両親はけものを引き取った。
 はじめは居なくなった娘の生まれ変わりだと、娘の両親はけものを大切に育てようとした。しかし、どれだけ可愛がろうとしても娘の親にとってはけものは娘を殺した仇でしかなかった。そのうちにけものは疎んじられるようになり、間もなく街に売られて行方も解らなくなった。
 旅人は二度と村に姿を見せなかった。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -