蠍蝗
 

□骸骨鐘楼

 ジャンクヤードの大穴では、人の雨が降る。赤子から老人まで男女や醜美の境もなく、腕を失ったもの、脚を失ったもの、首を失ったもの、人のかたちすら留めていないもの、見かけには差し障りのないもの、貴族階級から奴隷階級に不運な旅人、この周辺で命を失ったものは誰しも大穴に消え、そこには種族の差別すらない。
 数十年前、西の王国と東の帝国との間で始まった戦は、収束の気配すら見せず今尚続く。長い戦は多数の死者を出し、多数のしにかばねは二国に挟まれたジャンクヤードに集められる。ジャンクヤードは今や二国の争いの象徴となっているが、戦が始まる以前、ジャンクヤードは二国の友好の象徴だった。痩せた土地ばかりで獣も多いこの地域では、有効利用できる土地は少ない。墓地や教会に充てる土地すら惜しんだ人々は、定期的に荒廃の顕著な国境近くに遺体を埋葬しに行っていた。しかしながら両国共に教会や寺院といったものを建立することはなく、結果的に屍鬼とその死臭に誘われた獣の発生を招いた。それはやがて街にも及ぶようになり、国民の身を案じた二国の協議により、等しく土地と労働を投じ整備された共同墓地がジャンクヤードの始まりだという。
 両国の境にありながら、どちらの法の影響も及ばないジャンクヤードには、自然と放浪者や犯罪者が集い、間もなく街の様相を呈してやがてはジャンクヤード、つまりはゴミの山と呼ばれるようになった。それだけの人間が集まりながらも一定の治安を保っているのは、一概にとはいえないが管理者の手腕の賜物だろう。
 西の王国か、東の帝国か、先にそれを思い付いたのはどちらの方だったか、今となっては定かではない。或いはどちらともなく思い至ったのかもしれない。
 “唯一にして最大の共同墓地を手中に収めれば、もう一国を打ち倒し占領することも可能なのではないか”と、二国はジャンクヤードの統治権を争うようになった。
 初めは外交という手段によって言葉巧みにジャンクヤードを相手から掠め取ろうとしていた二国であったが、両国共に武器を持ち出し武力による戦争が始まったのは間もなくのことだった。戦争が長引けば死者も増え、ジャンクヤードでは遺骨を素材とした魔器の輸出が盛んになり、その魔器を用いて戦争は拡大し、戦火と比例してジャンクヤードもまた拡大の一途を辿った。そうしていつからかジャンクヤードは両国の争いの象徴となった。
 戦争による国力の衰えを隠しきれぬ西の王国と東の帝国とは対象的に、二国が争えば争うほど栄えるジャンクヤードでは現在、増え続ける人口による居住区不足解消の為に巨大な塔の建設が進められている。あらゆる建材や装飾に骨を使用するという文字通り屍のもとに成り立つその鐘楼について、含み笑いを篭めて管理者は語る。
「なぁに、あと数百年もあれば完成しますよ」

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