蠍蝗
 

□掲示板

剥製にしてくれる方募集
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1:神奈川K子 08/06(火) 04:18
どなたか私を剥製にしてください。その後は好きにして頂いて構いません。遠方でしたらこちらからお伺いします。
私は本気です。どうかお願いします。
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 とある掲示板群の片隅の片隅に、ひっそりと立てられたその募集記事を偶然にも見付けた私は「あ、キョウちゃんだ」と、パソコンの画面に向かって呟いた。
 キョウちゃんと私の接点はというと、小学校の一年生の時から中学の三年生までずっと同じ学校同じクラスだった、というだけだ。家も近いが特に頻繁に遊んでいた訳でもなく、親密さの度合いはというと帰る方向が同じよしみでたまに話したりするぐらいだった。
 それも高校生になるまでのことで、別の学校に通うようになってからは顔を合わせることも少なくなってしまった。今となってはたまたま道で会った時、お互いに会釈だけして通り過ぎる程度だ。
 響子、だから、キョウちゃん。小学校の頃は彼女の“響”という字がとてもきれいに思えて、羨ましくてたまらなかった。今でも少し羨ましい。私はひらがなでたったの二文字、画数にしてもたったの六画の「あや」だから。
 数日が経ち、キョウちゃんが立てた記事にはいくつかの書き込みがついた。
「2ゲット」
「いねーよw」
「なにこれこわい」
「まずは写真を上げろ、話はそれからだ」
「通報しました」
「病んでるアピール乙」
 ……等々。その殆どがふざけ半分にキョウちゃんを馬鹿にしたり煽ったり冷やかしたりする書き込みだった。でも私はキョウちゃんが本当に本気だということを知っている。
 キョウちゃんの口から剥製になりたい、という旨の話を聞いたのは中学三年になりたての春のことだ。早くも進路の選択を迫られた私たちは、今時の若者の例に漏れず思い浮かべるべき夢を見付けられず、早々に路頭に迷っていた。そんな折にたまたま帰り道で一緒になり、将来についての意見交換を装った馬鹿げた作り話をした。
 その延長で「どうせ最後は灰になるんだし」と、その当時中学生らしく“物事に冷めた少女”を気取っていた私が嘯くと、「いっそ私は剥製になりたい」というようなことを、キョウちゃんは口走った。それからキョウちゃんは「人に誇れるのなんて体だけだから」と付け加えた。
 私は一度として褒めたことはないが、キョウちゃんは誰にでも褒められるぐらいスタイルが良い。背も高くて、肌も白くて、シミ一つなく、モデルを自称してそこらのテレビに出て来るような子たちよりもよっぽどきれいだ。道を歩いていてその筋の人に声を掛けられたことも一度や二度ではないらしい。きっとキョウちゃんが剥製になったら、とても素晴らしい剥製ができる。
「なら私は学芸員になろうかな。それでキョウちゃんを剥製にしてあげる」
 私がそう言うと、キョウちゃんは少しだけ頬を赤らめてはにかんだ。

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47:岐阜N田 08/21(水) 23:02
K子さん、まだ生きていらっしゃいますか?
興味があります。設備もあります。
よろしければメールください。
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 キョウちゃんの記事にメールアドレス付きのそんな書き込みが付いたのは、記事が立ってから二週間後のことだった。その後程なく私が勝手に“キョウちゃんの記事”と心の中で呼んで毎日確認していた記事はひっそりと削除されてしまった。誰かが本当に通報したのかもしれないし、記事を立てた主が削除したのかもしれない。
 記事と削除の真相はさておき、キョウちゃんの行方がわからなくなったと、キョウちゃんの母親から電話があったのはその三日後のことだった。キョウちゃんが「私がいなくなっても気付かない」と言っていたキョウちゃんの母親は、意外にも涙声を掠れさせていた。
 キョウちゃんは鞄はおろか財布も携帯も学生証も着替えすら持たず、いくばくかのお金だけを持って着の身着のまま夜のうちにいなくなったそうだ。部屋に残されたキョウちゃんのパソコンと携帯は警察に持っていかれて中身を調べられたそうだが、どちらもデータが綺麗に消されていたと風の噂で耳にした。
 家出とも誘拐ともつかない不思議な失踪は現代の神隠しとして近所で少しだけ話題になった。少しだけ話題になった後、家出という結論がついて“あの書き込み”と同じように程なく話題から消えていった。
 キョウちゃんの失踪から数箇月後、見知らぬ雑誌を名乗る小包が私宛で届いた。普段はどんな物でもその場で開ける私でも、学校から帰るなりお母さんに渡されたその小包にばかりは何らかの予感を感じて開封せずに部屋に持ち込んだ。
 私の予感は的中した。小包の中にはプリントされた明朝体が並ぶ味気ない手紙と白い厚紙の小箱が入っていて、小箱の中には赤い絹布に包まれた白い小石のようなものが入っていた。少し尖っていて細くて、艶がなくて白い小指の先程度のかけら。手紙曰く、まさにそれは“小指の先の骨”なのだった。
 結城響子の、左手の小指の先の骨。
 丁寧な手紙が語るに、私に小指の骨を送ったのはキョウちゃんの遺言に従ったことで、この手紙はキョウちゃんの死後に書かれたものらしい。体のことで褒められるのをいつも苦痛に思っていたこと、絶対にキョウちゃんの体を褒めない私の存在が頼もしかったこと(これはただ単にやっかみというか、女としての嫉妬がさせたことなのだけど)、剥製にすると言ってくれて嬉しかったこと、そして私が学芸員になるまで待てなかったことに対する謝罪と、それから私へのあられもない劣情めいたキョウちゃんの意思が、キョウちゃんに代わってキョウちゃんを殺したという人間の指先によって切々と綴られていた。
 私はそれから手紙の指示に従って、誰もいない夜の公園で手紙と封筒を焼いた。何かのドラマのように泣いたりはしなかった。私は今でも“物事に冷めた少女”であるらしい。
 半年ぐらい経って、机にしまい込んだキョウちゃんの存在をうつらうつらと忘れ初めた頃、岐阜県の開業医“野田周一”の逮捕をテレビが報じた。容疑は、未成年者略取及び殺害。掲示板に自殺志望を書き込んで野田周一に呼び出され、いざ殺されるという段になって怖じ気づいて逃げ出した少女Aが通報した、というのが事件発覚の発端だった。
 野田周一は逮捕後間もなく、インターネットの掲示板で自殺志望の書き込みをした少女たち十六人を呼び出して殺したと自供し、捜査を待たずして拘置所で自ら命を絶った。十六人の名前と遺体の在り処を黙したまま。それから二箇月が過ぎた今でも十六人の少女の死体は未だ発見されていない。
 もしかしたらキョウちゃんを手に掛けた犯人は別のN田なのかもしない。そもそも手紙はキョウちゃんの悪戯で、骨も偽物で、キョウちゃんはまだ何処かで生きているのかもしれない。
 けれど私はキョウちゃんは剥製になったのだと信じている。そして警察の捜査の手がいつまでもキョウちゃんに及ばなければ良いと私はひそかに思う。見付かってしまえばきっと、キョウちゃんの均整の取れた身体は燃やされて骨と灰にされてしまうのだろうから。
 どんな時でも目を閉じればその光景はまざまざと私の瞼に現れる。古い倉庫の奥底、美しい剥製となってひっそりと笑みを浮かべたキョウちゃんの姿が、私にははっきりと見えるのだ。


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