蠍蝗
 

□いいわけ。

 灰の荒野では殆どの植物は育たず枯れる。生物に於いても腐気や岩、荒野を行く人間たちを糧にする凶暴な獣と少数の虫が棲息するばかりで、多くの人間にとっては暮らしにくい土地だ。それでいて、海に面した西の王国からは海産物やその加工品、他の大陸からの輸入品が、山に面した東の帝国からは農作物や鉱物や資材が、それぞれ持ち込まれるジャンクヤードは貧富の差はあれど概ね潤っているといえる。
 とはいえジャンクヤードで手に入らないものは多い。そういったものは外部から訪れる個人単位の商人に頼るしかないが、その手合いの商品は相場よりも遥かに高い値が付けられることが多く、それだけならばまだしも、詐欺を働いたり客の情報を売ったりする悪質な商人は珍しくはない。
「では、今回もいつもの通り、ですね?」
 その点で、レオは信頼の置ける商人だ。生物学者として王都からの認可を受けている彼女は、王都の後ろ盾で調査がやりやすくなる代わりに、研究所所属以外の稼ぎ口を認められてはいない。何かあれば王都に訴状を出してやれば彼女は副業によって本業を失うことになるのだ。彼女がハンザキというだけで敬遠する人間は多かったが、博士にとっては商人の種族が何であるかなどはどうでもいいことだった。
「待て」
 いつも通りにいつも通りの味気無い仕事を終えて、博士の部屋を立ち去ろうとするレオを、珍しく博士が呼び止める。
「何か?」
 振り返りながら、彼女が先ずが思うのは自分の仕事に不備があったのではないかという懸念。しかし卓の上に並んだボトルは“いつも通り”の三本。ジャンクヤードでも普通に流通しているロゼのものをそのまま流用したラベルは、中身がきちんと“ヒトのもの”であることを示していたし、栓もきっちりと閉まっている。見たところの不備はない。
「……いや、」
 レオの様子から不安を感じ取ったか、博士がかぶりを振って不備がないことを示す。その仕種に彼女は僅かながら安堵を覚えたが、また別の懸念が去来する。つまり、自分はこの上客を失うのではないか、と。博士は人に愛想を振り撒くことや気を遣うといったことを一切しない。しかしながらレオにとってはその方がずっと仕事がやりやすく、また、出所はさておいて言った金額を二言三言言いつつもきっちりと出してくる博士は良い収入源だった。
「コートを見繕って欲しい」
「コート?」
 そんな上客の口から何が出るかと、身構えたレオに重苦しい様子で告げられた言葉は拍子抜けするもので、彼女は思わず聞き返してしまった。というのも、真夏にコートが必要だというならばまだしも、冬の気配が見えはじめたこの時期ならばコートなどジャンクヤードを少し歩けばそれこそピンからキリまで見付かるだろう。
「私は便利屋ではないのですがね」
 ソファーに腰を沈めたまま頷く博士を見下ろして、驚かされた仕返しとばかりに彼女は皮肉を口にする。彼女は彼女で客だからといって不必要に持て囃すつもりは毛頭なかったし、副業が本業よりも忙しくなっては本も子もないので自分でなければならない仕事以外は断ると、前以て言ってあった。そんなレオを博士は一度睨み上げて、それからすぐに目を逸らし、逸らした先を軽く顎で指し示した。
「……あぁ、」
 示す先には、扉が一つ。それを見て、レオはすぐに納得して頷けたのは、女の子らしい可愛らしいデザインのウェルカムボードが扉に提がっていたからだ。
 博士と少女についての噂は何度も耳にしたことはあるが、そのどれもが聞いていて気持ちの良いものではなかった。それらは自分に関係のないことだと思いつつも、いくらか気になることではあった。
「では、コートを」
 しかしどうやらそれは気にしすぎだったようで、レオは副業のときは滅多に使わない笑い方で少し笑った。
「居られると欝陶しいだけだ」
 それに目敏く気付いた博士は言い訳のように彼女を睨む。
「出掛けたくなるようなコートを」
「余計なことをするな」
 不機嫌そうな博士の顔を見ていると余計に漏れてくる笑いを堪えて、さて、あの少女にはどんなコートが似合うだろうかと、商人は考えを巡らしながら部屋を後にした。

「ああそうだ、忘れていたのですが」
「何だ」
「人を捜し「知らん」
「まだ何も「知らん」
「……」
「……」
「ツェ「知らん」
「……」
「……」

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