蠍蝗
 

□緑の森のエレナ

 私はやがて木になるらしい。
 昔はこの一帯は広大な森林地帯だったそうだ。しかし、最初にここに住み始めた人々が殖えるに連れて大森林は住居や燃料、畑に姿を変え、或いは遠くの国に売り飛ばされ、今となっては村の裏手に小さな森が残るばかりでかつての面影はない。
 迫る伐採の手から逃げ出すように姿を消した緑に、取り残されて存在する森のその最奥には“御神木”と呼ばれる大樹が佇んでいた。その大樹は大森林が広がっていた頃から“御神木”であり、立ち並ぶ木々の間にあっても、巨大さに於いて群を抜いていたそうだ。
 その“御神木”を伐り倒す事を決めたのは私の父だった。
 木材で栄えた村が木材の枯渇で衰えるのは当然の結果で、村長である父が困窮し、巨大な古木に目を付けるのもまた当然の結果だった。“御神木”は希少価値がある樹木らしく、その木材を欲しがる国は多かった。
 長老たちの反対を押し切って、父が“御神木”の伐採を取り決め、樵である兄の先導の元で“御神木”は伐り倒され、大樹に立ち向かう樵たちの食事や休息の世話をしたのが母を始めとする村の女たちだった。
 そして、“神”たる“木”を殺した報いを受けたのは、かつてかむなぎであった母の血を引く私だった。私は木へと変わる呪いを受けたのだ。
 父は私の身に降り懸かった呪いの事に気付くや否や、躍起になって呪いを解く方法を求め、“御神木”を売ったお金であちらこちらから高名な呪い師や僧を呼び寄せた。しかしながら解呪を試みた人間はことごとくが雑草に成り果てて枯れ果てた。
 やがて呪いを解こうと名乗り出る人間は途絶え、その代わりに「呪いを解く為」と称して私を抱こうとする人間が現れた。父は呪いを解く為ならばと、どんな行為でも許したが、私を辱めようとした人間はことごとくが私の荊に抱かれて死んだ。私の意思でそうした訳ではなかったが、どこか心の奥底でそれを望んでいたように思う。
 ある日、“御神木”を売ったお金が私に注ぎ込まれていた事が村の人々に知られ、怒り狂った村人たちは父と兄と母を断頭台に上げた。私は醜いからと許され、薄暗い地下室に閉じ込められた。
 “御神木”と同種の木がまだあるのではないかと勘繰った隣国の軍隊に攻め込まれたのはその一週間後のことだった。男は生きたまま皮を剥がれて殺され、女と子供は連れ去られた。地下で息を止めていた私は軍の人間に気付かれることはなく、難を逃れた。もしかしたら、交渉の上手かった父が生きていたら村は無事だったかも知れないが、確かめる術はない。
 私の体を呪いが蝕むに連れて、体はうまく動かなくなった。無理に動かそうとすると、ぱきぱきと枝になった骨が折れてぱらぱらと樹皮になった皮膚が剥がれ落ちた。
 それでも、私はこれが呪いだとは思わない。木になることは、むしろ祝福なのではないか。私は斃れた“御神木”の跡を継ぐ、選ばれた存在なのではないか。
 そんなことを考えながら、かつて“御神木”があったあたりに佇んで、晴れ渡る空に枝葉を伸ばしてみたりする。

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