蠍蝗
 

□独裁者の言い分

 ジャンクヤードでも最も治安の悪い地区に、彼は生まれた。
 彼が生まれてすぐに父親が強盗に殺害され、彼を養う為に大穴に携わる仕事を始めた母親もやがて腐気の影響で病を患った。四肢が腐敗していく中で母親は仕事を続けられなくなり、困り果てた揚げ句に幼い彼に食べさせる為にパンを盗んだ。しかし、不自由な体では逃げ切ることなどできようもなく、間もなく捕えられ、必死の釈明も虚しく“墓地管理者”の一声のもとで処刑された。
 一人残された彼は死に物狂いで生きて、生き延び、大人になった。成長した彼は、生まれ持った人を動かす才能を遺憾無く発揮して生まれ育った地区を一つに纏め上げ、圧政からの住民の解放と自治政権の樹立を掲げて管理者へと叛旗を翻した。
“ロウ”を名乗った彼は、彼の支持者たる住民を多数伴って管理者の居城である骨の城に向けて侵攻を開始。それに対して管理者側が行ったのは、徹底した無視だった。
 一滴の血すら流さぬままロウの軍勢は、行軍を開始した三時間後には骨の城に到着した。門扉に詰め掛けた人々の最前列でロウは管理者との交渉を要求し、管理者は容易くそれに応じた。そしてロウは十二人の部下を引き連れ、骨の城へと消えた。
 次にロウが人々の前に姿を現したのは、その僅か三十分後だった。押しかけた人々を見下ろすバルコニーから、管理者自らの手によって高々と掲げられたロウは、首から下の皮と肉を剥がれ、最低限に残された腱に骨だけが辛うじて繋がれているという状態であった。
 その状態でロウは、生かされていた。
 それを見せられた軍勢は、共に城に入った十二人の結末を思うまでもなく戦意を喪失。ジャンクヤードの内乱は、僅か三時間半で終焉を迎えた。 ――と、そんなような話を、管理者は懐かしむように語った。
「圧政? 自治政権? 全く馬鹿げた話です。国や文化、宗教や価値観を違えた人間が無数と集まるこの場所で、そんな物が上手くいく筈がありましょうか」
 からからから、と、管理者は嗄れ果てた声で軽く笑う(表情はないが恐らくそうだ)。ソーサーごと持ち上げたカップを、ロウとやらの首を鷲掴みにしたという大きな手の太い指先で摘み上げ、中に満たされた紅茶を一口、口に流した(何処に流れていくかなどは知らない)。
「そもそもの大前提から間違っています。ここは“国”ではなく、“墓地”だ。“墓地”に眠って良いのは死体のみ。本来の居住区たる城の外に眠る者は招かれざる客であり、そういった意味では蛆や鼠や烏などと何ら変わりはないのですよ」
「私の善意で寝床を提供して差し上げているというのに、さも暴君や独裁者のように言われてはこちらの立つ瀬もないというものです」
「……と、いうよりも」
「私を前にして“法”を名乗ろうだなどと思い上がりも甚だしい。私の墓地に“法”は一つで充分なのです」
「彼は非常に不愉快でしたので、眠って頂きました」
 管理者は飽くまでも穏やかな口調で語り、人差し指をひとつ立てた。指先の向けた先には、この城でのみ良く目にする様式の、豪奢な白いシャンデリアが下がっていた。

「……という事があったのですがね、そろそろシスの「断る」

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