蠍蝗
 

□クジラの島の影売り娘

 わたしが住んでるクジラの島には、十六の誕生日を迎えた娘の影をクジラに捧げるという風習がある。
 人は影があると、影に紛れて悪さをするからだそうだ。男の影を捧げないのは、男は戦争に行くからだ。戦争では、影に紛れられなければ死んでしまう。けれど女は戦争には行かないので、影なんて必要ない。
 三つ歳の離れたわたしのお姉ちゃんは、去年の秋に影を捧げる儀式を終えて娘から女になった。影がなくなったお姉ちゃんは見違えるほど大人っぽくて、女の私でも惚れ惚れするほど綺麗になった。性格も、わたしからおやつを取り上げていたような以前の意地悪なお姉ちゃんは元から存在しなくなったかのようで、とても優しい今のお姉ちゃんが、わたしは大好きだ。
 けれどそんなお姉ちゃんでも時折悪い虫がもぞもぞとうごめくときがあるようで、そんなときは決まってわたしに“影を貸して欲しい”と、潜めた声で耳打ちする。影の貸し借りは厳しく禁じられていて、お父さんかお母さんか他の大人たちに見付かったら大変なことになるのだけれど、わたしは影に紛れてお姉ちゃんに影の一部を貸してあげる。女になってお金をたくさん持つようになったお姉ちゃんが、こっそりとわたしに握らせるお金はとてもおいしい臨時収入なのだ。
 影を貸した夜は、決まってお姉ちゃんはわたしの影に紛れてそそくさと家を出ていく。どこで何をやっているのかは知らないけれど、お姉ちゃんの感覚はわたしの影を伝ってわたしにも届く。だいたいいつも、下腹のあたりがじぃんとしてきて、心臓がどきどきしてきて頭がぼうっとしてしまう。布団に潜ってお姉ちゃんの感覚から逃げようともがくけれど、それから暫くは熱くなっては鎮まって、また熱くなったりと、波のように繰り返す。そんな得体の知れない感覚が少し怖くて、お姉ちゃんが何かを始める前にすぐに寝てしまうこともある。そんな日には決まって、口には出せないような夢を見る。
 けれど最近ではそのどきどきにちょっとはまり気味で、“今日は影はいらないの?”と、頼まれてもいないのにお姉ちゃんに耳打ちすることもあるぐらいだ。
 お姉ちゃんが何をしているのかはわからないけれど、わたしも早く女になってそれを知りたいと思う。けれどわたしには妹がいないから、女になったら誰から影を買おうかと、そんなジレンマに陥ってしまうのだ。

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