蠍蝗
 

□つばきとらんちう

 つばきは赤いハナである。正確には紅に白の斑であるのだが、主人が赤いハナと云うのでつばきは赤いハナである。
 つばきはハナであるから咲くのである。咲くといっても、野や山で咲くのではない。つばきが咲くのはまあるい陶器の中だけである。
 つばきが咲くときは必ず側に男がいる。赤い花弁をひとつふたつと、それはそれは美しくつばきは咲くのである。

 らんちうは赤いサカナである。正確には朱と白の更紗であるのだが、主人が赤いサカナと云うのでらんちうは赤いサカナである。
 らんちうはサカナであるから泳ぐのである。泳ぐといっても、海や川で泳ぐのではない。らんちうが泳ぐのはまあるい硝子の中だけである。
 らんちうが泳ぐときは必ず側に男がいる。赤い尾鰭をひらひらと靡かせて、それはそれは美しくらんちうは泳ぐのである。

 つばきとらんちうは常々からどちらの方がより赤いのかと競い合っていた。つばきが赤く装えばらんちうはより赤く装い、らんちうが赤く装えばつばきはより赤く装い、つばきとらんちうは月日を経る毎に美しく赤く染まるのであった。
 はじめはしとやかに赤さを競っていたつばきとらんちうであったのだが、やがて口が出るようになり、ある夜などはつばきとらんちうで取っ組み合いの喧嘩を演じた。
 そんなある日のことである。つばきとらんちうは死んでしまった。
 事の顛末とはこうである。つばきとらんちうがあまりに争うもので、腹を立てた主人はつばきとらんちうを片方ずつ呼び出し、つばきには「らんちうの方が尚赤い」と言い、らんちうには「つばきの方が尚赤い」と言ったのだ。主人はそれで争いが収まれば良いと思ってそうしたのであったが、主人はつばきとらんちうがハナとサカナである前にオンナであることを失念していたのであった。
 主人の言葉にらんちうを嫉んだつばきは、らんちうと好き合っていた男にらんちうの二心を告げ口し、主人の言葉につばきを嫉んだらんちうは、つばきと好き合っていた男につばきの二心を告げ口した。
 らんちうに腹を立てた男は眠るらんちうの薄いべべに火を点け、つばきに腹を立てた男は眠るつばきの細いくびを断ち切り、炎に抱かれたらんちうも、血潮に濡れたつばきも、それはそれは赤く美しかったが、間もなく黒くくすんで醜くなってしまったという。

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