蠍蝗
 

□猩々の森

 えにすの森の緋猴といえば猩々を指す。猩々は人に似ているが獣の一種である。鮮明な赤い毛を持ち、その血液は更に赤い。あまりの赤さに目を逸らすことができなくなり、そしてあまりの赤さに目が潰れるとまで言われる。
 その血液で布を染めると、赤さはいくばくか薄れて美しい真紅の反物が出来上がる。猩々の血液は上質の染料として利用され、しかも猩々染めの反物は色褪せることはなく、燃えにくくもなるという。その為に猩々は、乱獲により年々数を減らしている。
 えにすの森周辺にいにしえから伝わる伝承もまた乱獲を手伝っている。現地民に信じられている伝承によると、猩々は死ぬことのない獣だという。だから捕らえて殺そうともたやすく蘇る、と、現地民は口を揃えて言う。しかしながらそれは誤解で、猩々は蘇るのではなく、死体から流れ出た血液を、他の猩々が口にすれば新たな個体を孕むというだけである。生け捕りにされた後、逆さ吊りにされて頸動脈を切られ、一滴の血も残さず絞り取られていれば蘇れる筈もない。
 ただし、猩々もただ狩られている訳ではない。近頃になって、雄の猩々を度々見掛けるようになった。
 猩々には三種いる。普通、猩々には雄は存在せず、僅かな雌が前述の通りに血液により繁殖をする。稀に生来の雌が生まれることがあるが、そうして生まれる猩々の殆どは無性種と呼ばれる生殖機能を持たない猩々である。雌は多数の無性種を引き連れて群を成し、これに己の命を守らせる。そして群を率いる雌が死ぬと、無性種のうちの一頭が繭を作り雌に成る。普段はそれで良いのだが、種の存続が危うくなると雄の猩々が生まれるようになるのだ。
 雄の猩々はひ弱な雌の猩々とは違い、まさしく獣と言うに相応しい姿をしている。性質も凶暴で、時には雌の猩々を殺して食うことすらある。雄の猩々は強靭な爪と顎を持ち、猩々狩りに出かける人々の障害となっている。とはいえど、猩々は獣である。人間の賢さと数には勝てず、猩々は着実に数を減らしている。
 さて、この程、雌の猩々を一頭保護した。雄に襲われたのか、無惨に引き裂かれた無性種の死体が転がる中、保護した個体は木のうろに潜んでいた。四本ある角のうち右側上部の一本と右耳の一部を欠いており、長らく餌をとっていなかったのか衰弱していたが命には別状はなく、治療を施し餌を与えると健康状態に戻ったようだ。
 とはいえ、群を失った雌の猩々を森に戻す訳にはいかず、身動きがとれずにほとほと困り果てている。酷い目に遭ったせいか元々の性格なのかは定かではないが、臆病な個体のようである。良い飼い主が見付かれば是非とも譲り渡したいのだが、それまではこちらで観察してみることにする。

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