蠍蝗
 

□絶望する肉

 拙僧は、僧であるが肉食を好むのである。俗世間ではそれを生臭坊主と云うことぐらいは知っているが、僧だとて一人の人間なのである。こればかりは止められぬ。それ以外は飲酒も邪淫も窃盗もせず妄言も吐かず、己で言うというのも奇妙な話であるが、とにかく拙僧は絵に描いたような僧なのである。
 さて、肉を食うには生に限る。でき得る限り新鮮な、それこそ生きている肉が好ましい。新鮮な肉に刃を入れる感触というのは堪らぬもので、ぷつり、と皮膚に刃先がめり込む音が、拙僧は好きだ。そうして腹を開けてしまえばもう刃物は一切使わぬ。良い肉というのは箸先でするりと切れてしまうものなのである。長箸一つばかりを腹にするりと差し込み肉を千切る拍子に、ぴゅうと噴き出す血潮の臭いが、拙僧は好きだ。血潮が顔や手や箸を濡らすが、それもまた一興なのである。
 千切った肉は、そのまま何も漬けずに口へと運ぶ。美味なる肉は薬味など無くとも存分に楽しめるもので、寧ろ余計な味気は肉の風味を損ねるばかりなのである。文字通りに血の滴る肉を舌に乗せれば、とろりと淘ける甘味が口に広がる。ただただ、美味い。そこには他の言葉などは必要ないのだ。この至福のときが、拙僧は何よりも好きだ。
 とはいえど、殺生をするのは流石に気が引ける。かといってこればかりは他者に任せる訳にはいかない。だから拙僧は自ずから死にたがっている肉しか食わず、死にたがっている肉を殺すのはいくらか気が楽なのである。僧をやっていればそのような肉は向こうからやって来るし、そういう意味では拙僧にとって僧とは天職なのだ。
 さて、今日も良い肉が手に入った。逃げられぬうちに、食ってしまうことにする。

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