蠍蝗
 

□ふたりでひとり

 博士がふと目を覚ますと、背中に違和感というか異物感があった。何があるのかと怪訝に思うより前に反射的に首を回して見ると何か白いものが見え、それはどうやらシスの髪の色のようだった。博士の肩甲骨の少し下あたり、背中に額をくっつけ、その両脇のシャツの生地を握り締め、小さな体を博士の体に沿わせてシスは静かに眠っていた。引き剥がそうかと博士は思ったが、やめた。
 シスは博士にとって、目障りで、欝陶しく、歓迎し難い存在だった。何より扱い方がまるで解らず、当てにしていた世話役は大口を叩いて旅に出てしまった。時たま帰っては喧しく騒ぎ立てまた嵐のように去って行くが、シスに深く関わることは避けているように見え、博士はそんな彼のことも大嫌いだった。
 博士は娘をもったことはなく、子供の面倒を見たこともなく、ましてや面倒見の良い人間でもなかった。加えてシスは普通の娘や子供というものとはあまりに掛け離れ過ぎていて、普通の娘や子供だったのならばどんなに気が楽だったろうかと博士は思う。もっとも、普通のであっても子供をもつ気は更々なく、シスの面倒を見始める前も後もそれは変わらなかった。
 とは言ったものの、普通の子供と掛け離れていたからこそ、博士にもシスの面倒を見ることができたのだろうと思う節もある。博士はシスと遊んだことなど今まで一度もなかったし、シスが何処かに行きたがっても連れていったこともなかった。ただ毎日シスが遊びに行く姿を寝台の中から見送ったり見送らなかったりして、時々商人がやってくれば必要なものを揃えてやっているだけだった。シスのやりたがることを頭ごなしに禁止したこともなかったが応援したこともなく、自分に直接関わること意外はシスの好きなようにさせていた。そのせいで一時期城では育児放棄だの虐待しているだのと不名誉な噂が流れたが、博士が無視し続けたのと時間の流れがあってやがて囁かれなくなった。しかしながら無関係を装ってはいても、シスが何かやらかせば皺寄せはきちんと博士のところに来たし、シスが度々連れてくるシスの友人のせいでひどい目に遭ったことも一度や二度じゃなかった。何より嫌だったのはゆっくり眠っていられないことで、そのことでシスに怒りをぶつけたことも何度かあった。シスのことが思い通りにいかないのは殆どいつものことで、苛々することは多かった。
 博士はたまに思う。シスがいなくなったりシスでなくなったりすれば良いと。少なくとも三人目ならばわざわざ面倒を見てやる必要もなかったし、三人目は三人目で欝陶しくはあったがいないことが殆どだった為にシスよりかはいくらかましで、三人目が稀にしかいない頃はもっといてほしいと思うこともあった。博士は三人目のことはそれほどは嫌いじゃなかったのだ。それなのに今、三人目はいなくなり代わりにシスがいて、三人目の代わりにシスが自由に生きている。博士はそれがひたすらに気に食わなかった。シスを置いて城を出ることも考えたし、シスものその方が楽なのだろうと思う。
 とはいえ、シャツ越しに背中に触れる熱は暖かい。考え事はいつものように保留にして、博士はもう一度寝なおすことにした。

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