Q6


あれからも続いたテストは、乱菊に頼んで数学以外も赤点を取らないようにノートをコピーさせてもらったり、ポイントを教わりながら1つ1つ消化していった。私は今までにないほど手応えを感じたテストの日々を終え、ようやく返却の日を迎えていた。あれから早くも1週間が経ち、曜日は再び金曜である。

「あー無理無理、緊張する〜」

「乱菊がそんなに緊張してどうすんの」

乱菊は私が数学で赤点をとらないよう頑張っていた真意を聞いて、自分のことのように興奮し、緊張してくれていた。私は笑いながら言ったものの、内心は居ても立っても居られないほど不安だった。朝から2人でそわそわしながら、数学教師の到着を待っているが、こんな時に限ってなかなか現れない。

あれから白哉とは全く話せていない。その気まずさを救うかのように、通常授業となった金曜もテスト返却のおかげで出席番号順だった。ホッとしたような、寂しいような複雑な気持ちを抱えたまま、私はドアを開ける音で慌てて席に着いた。

「授業前に返却するから取りに来いよー」

段々呼ばれていく名前と、必然的に近づいてくる順番。私は汗ばむ手を握りながら、自分の名前を待った。教室のあちこちから聞こえる、赤点を嘆く声に、私は他人事には思えず心拍数を上げる。

「みょうじ」

呼ばれた声にハッとして前に行くと、教師が少し笑って私の肩をたたいた。その手の重みと言葉に、不安が胸をよぎる。

「うん、お前にしてはよく頑張ったな」

教師の言葉の真意がわからず、私は席に戻りながら不安でいっぱいのテスト用紙を思い切って開いた。



「なんでなまえってさ、いっつも惜しいのかしらね〜」

私は中庭のベンチで乱菊と、途中で乱入してきた恋次と、お弁当を広げながらため息をついた。それはむしろ私が聞きたいくらいだった。

「あと1点とか、逆にすげえくらいついてないよな、お前」

恋次の言葉に追い打ちをかけられ、私はさらに自己嫌悪の深みにどっぷりはまりながらうなだれた。

あれだけ頑張った数学は、あと1点というところで赤点だった。些細な計算ミスばかりの解答用紙は、付け焼き刃であることがよく現れていたと思う。何回も問題集を解いたとはいえ、急に勉強して出来るものではないのだ。私はもう一度ため息をつき、テストをたたんだ。

「見たくなさすぎ…破り捨てたい…」

「馬鹿か、お前いつも俺と差のない1桁の点数だったんだからすげえ進歩だろ。ちゃんとあいつに見せて礼言ってこい」

恋次は今回も私と数点違いだった。ちょっと私の方が上だったが、どんぐりの背比べにすぎない。結局、赤点は赤点だ。一桁も、あと1点足りないのも同じ赤点だなんてあまりにも悔しすぎる。

「…うん、今日ちゃんと言う」

私は恋次から、数学を教えてくれた礼だ、と渡された紙パックのジュースを思い切り吸いながら頷いた。自分のことのようにへこんでいた乱菊も、少し元気を取り戻して大きく頷く。

「菜摘、がんばってね!ちゃんとメイク直してから行くのよ?スカートはいつもより短くね!」

「そうだぞ、お前ただでさえ色気ねぇからボタンも1個多めに開けとけ」

やけに気合をいれて力説する乱菊と恋次に、私は励まされながら笑って頷いた。恋次が余計な一言を言った気もするが、気にしないでおこう。終わったことを引きずるのをやめて、私はお弁当をつつきながらいつ白哉を誘おうか頭を悩ませていた。



「やばいやばい…早く言わないと…」

気づけばもう6限も終わり、放課後が刻一刻と近づいてきていた。あと1限しかない。白哉はもしや部活に行くかもしれないし、早く言わないといけないのに。焦る気持ちはあるのに、私を縛る同じくらいの緊張で席を立てないでいた。隣の席じゃなければ、きっとこんな風に疎遠になってしまうのだろう。

席替えの日は月曜日。今日が最後だと改めて実感し、出席番号順の席であることを初めて悔やんだ。最後くらい、もう1度隣で教科書を一緒に見たかった。あの距離にドキドキして、こっそり白哉を盗み見て。なんでもない日常にあった私の幸せは、もうすぐなくなってしまう。

私は急に泣きそうになり、勢いよく立ち上がった。立ち止まれば引き返したくなりそうで、私は急ぎ足のまま白哉の元に一直線に向かう。白哉はいつも通り教室の喧騒も気にせず、本を開いていた。

「び、白哉!」

白哉の本を支えていた手を思い切って掴むと、白哉は驚いたのか本を机に落として私を仰ぎ見た。机の上に落ちた本がパラパラとめくれて閉じたのを視界の端でとらえながら私は白哉に指を突き出した。

「今日!放課後ちょっと、話せる…?」

最初だけ威勢がよかったものの、段々不安で消え入りそうにしぼんでいった声に私は情けなさを感じずにはいられなかった。まだまだ臆病な私にしては頑張った方だ。白哉は少し戸惑った表情を浮かべていたが、私と目があった瞬間慌てて顔をそらした。

「…別に構わないが、」

「あ…ありがとう…じゃあ放課後、ね」

私は白哉の態度と素っ気ない声に内心グサグサと胸を刺されながら、白哉の手を離して席に戻った。席に座ってようやく冷静になり、振り返ると同時に余計に死にたくなった。

恥ずかしいやら情けないやら緊張したやらで今頃熱くなってきた顔に手を当てて、私はため息をついた。このくらいの事で挫けていてどうなる。本番は放課後なのだ。私は顔を引き締めるように軽く叩いて、喉まで出かかっていた泣き言を飲み込んだ。


Question 6.
Can you ever forgive me?
(いつか私を許してくれる?)

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