Q5


「1日目終了ね〜!おつかれなまえ〜!」

チャイムが鳴ると同時に集められていった解答用紙を切ない思いで見送りながら、私は頷いた。

「お疲れ乱菊。大丈夫だった?」

「ん〜まあ普通ね、赤点はないかしら」

テストは出席番号順に変わるため、乱菊とは普段の席よりか少し近くなっていた。白哉に借りたままのシャーペンを机の端に置いて、私は乱菊にもたれかかった。

土日だったこともあり、白哉とあれから一言も交わさないままテストを迎えていた。3限あるテスト1日目の最後を飾った数学は、呆気なく終わってしまった。私と白哉を繋いでいたのは、数学のテストだけだったのに。

土日も全て費やし、あれほど勉強したのは初めてのことだった。しかしいざ問題を見ると、応用問題ばかり。結局、結果に不安しかない私は深いため息をついた。

「席につけー、終礼始めるぞ」

教師の登場で席に帰る乱菊の背中を見送りながら、私は視界の端に白哉を捉えた。いつもと特に変わりのない様子の白哉だが、あれからすごく遠く感じてしまう。席だけの問題ではない、僅かな壁を感じているのだ。

私は切ない気持ちを振り切って、終礼に意識を向けた。委員会の日程等の連絡事項が続いてから、教師が思い出したように紙を配りだす。

「あぁそうだ、ちょっと早いけどテスト終わったら席替えするから、お前らこのあみだくじに名前書いてから帰れよー」

一気にどよめく教室には、歓喜の声も不満の声も上がっていたが、私には頭が真っ白になるものだった。考えたこともなかったが、当然のことである。私と白哉は席替えで知り合い、仲良くなった。けれど、ずっとこのままなんてことはない。最も、また隣になれるような少女漫画みたいな都合のいい展開もないのだ。

これで、私と白哉を繋いでいたものは完全になくなってしまった。数学のテストも、教科書も、隣の席も。接点がないということがこんなにも不安なものだなんて、初めて知った。

「…あ、」

私は回ってきた紙に書かれたクラスの人数分の線に無意識に白哉の名前を探していた。達筆な字で書かれた”朽木”の字に、思わず胸が締め付けられる。隣に書いたからといって、白哉の隣になれる訳ではないのだが、何となく隣に書きたかった。

「全部埋まってるし…」

私と同じような事を考える女子はたくさんいるようで、白哉の周りだけやたらと女の子の名前が並んでいた。

そこでようやく私はハッとして、白哉のシャーペンをきつく握り直した。いつの間にか私は、白哉に恋をして玉砕していく、数知れぬ女の1人になっていたのである。

私はため息をついて、白哉と真反対の端に名前を書いた。他の女の子たちと同じになりたくないというせめてもの反抗かもしれない。私はその反抗を、後ろの席へと回した。


「なまえ〜!帰ろ帰ろ〜」

終礼後、すぐに駆け寄ってきた乱菊に私は笑って席を立った。テスト週間は唯一、乱菊と放課後を過ごす期間でもある。乱菊曰く、テスト期間は勉強に集中しろと彼氏が突き放してくるらしい。

そんな彼氏の気持ちを余所に、乱菊は眠がる私を無理やり連れて入ったカフェでパンケーキを注文していた。続けて私も紅茶とパフェを頼む。

「乱菊の彼氏、可哀想。せっかく会うの我慢してるのに本人は遊んでるんだから」

「え〜だってたまにはなまえとゆっくり話したいじゃない?秘密よ、秘密!」

いたずらっぽく笑う乱菊に、思わず視線が奪われた。女の私ですら可愛いと思う容姿と魅力的な性格の乱菊だ、さぞ彼氏も夢中だろう。私にもこんな素直なところがあれば白哉ともいい感じになれたのかもしれないな、なんて現実味のない想像がよぎった。

「乱菊の彼氏ってどんな人なの?」

「うーんそうね〜何考えてるかわからない掴みどころのない男よ。ふらっとどっか行っちゃいそうだし…てこれじゃ悪口ね。でも私を私より良く知ってるわ」

少し微笑みながら話す乱菊に、私は思わぬところに気付かされた。私は、片想いだから不安で仕方ないんだ、と思っていた。けれど両想いで付き合ってる乱菊だって相手の気持ちがわからずに苦しかったり、悩んだり、心配になったりするんだ。

こんな当然のことが、初心者の私には何もわからない。もっと場数を踏んでおけばと後悔しても遅いのだが、あまりに手探りな恋だと思った。

彼氏の話をする乱菊の女の子らしい表情に私はつられて微笑んで、好きな人をこんなに幸せそうに話せるのが純粋に羨ましいと思った。私は紅茶のマグカップで冷えた手先を温めながら、小さくため息をつく。

「いいな〜乱菊の彼氏、素敵」

「えー変な奴よ?ていうか、なまえには朽木白哉がいるでしょ?」

「あー…」

乱菊の悪気のない純粋な質問に、私は苦笑いを浮かべた。たぶん変なところですごく馬鹿な乱菊は、勘違いしたままなんだろう。私は言葉に迷いながらも口を開いた。

「…私の、一方的な片想いなの、白哉は。だからテストが終わったら、教えてくれたお礼と一緒に気持ち伝えようかなって…」

「えー!?嘘、本当に!?なまえったらいつからそんな勇気ある子になったの!私が嬉しすぎる!!」

自分のことのようにはしゃぐ乱菊に、私は気まずさも吹き飛んで、その能天気さに思わず笑った。乱菊は本当にお節介で、馬鹿みたいに人が良い。

「なんで乱菊がはしゃぐの、元々わかりきってる負け戦なんだし期待しないでよ」

「でも恋愛に臆病だったなまえがこんなに成長したんだなぁって何だか母親みたいな気持ちなのよ!もう喜びでいっぱい!」

「なにそれ、じゃあやけ食い行くのは付き合ってよね」

笑いながら言う私に、乱菊は数回瞬きしてから首を傾げた。金色の髪が乱菊の肩からこぼれてブレザーに波打つのを見ながら、私は乱菊の言葉を目で促した。

「んーいや何で玉砕前提なのかなって」

「え、振られるよ。あの白哉だもん。気持ちを隠すことも考えたけど恋次に怒られてさ。だからちゃんとぶつかって、友達になろうと思って」

紅茶をぐいっと飲んだ私に、乱菊はまだ腑に落ちないといった顔で何かを考えていたが、パンケーキを切る手を止めて、急にビシッと指を突き出してきた。

「いや、やっぱおかしいわ!振られに行くなんて!なまえの恋をそんな悲しいものにしないで!」

「え?えっと、どういう意味?」

「そんな最初から捨て身覚悟なんて、自分の気持ちを相手の目の前でクシャクシャに丸めて投げ捨てに行ってるもんじゃない。そんな為に告白するんじゃないでしょ?」

乱菊に言われた言葉で、私も思わず紅茶にミルクを足す手を止めた。彼女の言う通り、私は何のために告白するつもりだったんだろう。振られに行くためか、友達になるためか。今の私はこの二択だったけど、乱菊の言葉で考え直させられた。

「ほんとだ…」

「でしょ?そんなのは、告白って言わないんだから。ほら、考えてみて。何の為?」

乱菊に問われて、ようやく自分の胸にストンと落ちてきた答え。それは、白哉への感謝だった。臆病な私を変えるチャンスをくれた白哉。人を好きになる幸せを教えてくれた白哉。私が白哉に教わった、数学よりも何よりも難しくて大切な事。それを、ちゃんとお礼したかったんだ。

「その様子じゃわかったみたいね。結果報告、楽しみにしてるわよ〜」

にんまりと笑った乱菊に、私はありがとうの気持ちを込めて、届いたパフェの上の大好きなイチゴを突き出した。いつもなんだかんだ、私を助けてくれるのは乱菊だ。私の気持ちを知ってか知らないでか、乱菊は少しキョトンとしてから、嬉しそうにフォークに食いついた。

Question 5.
What will he say ?
(彼は何て言うのだろう?)


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