Q4


「だからさ、このxってさ」

「待て待て、xってなんだよ。数字以外のものが出てくるのがまずわかんねぇ」

「もー!馬鹿!」

私たちは図書室の一角に移動し、数学の問題集を開いていた。恋次の馬鹿さにうんざりしながら、噛み砕いて教えること早1時間。馬鹿が教えるのに限界があるのか、馬鹿に理解を促すのに限界があるのか、あるいはその両方か。私たちはお互いに疲れ切った顔でシャーペンを机に投げ出した。

「ちょっと休憩…」

「おう…しかしお前よく解けたよな〜」

「あー私も最初は全然だったけど、…」

そこまで言って、私は自分も恋次と同じように記号が嫌いでいつも白哉に文句を言っていたことを思い出した。嫌気がさしては諦めたがるその度に、白哉はわかりやすくした計算式を書いてくれたり、丸や三角に置き換えた見やすい公式をノートの端に書いてくれていたのだ。そのことにようやく気付くなんて。こんな事を白哉はずっとしてくれていたんだと。

「…恋次!私頑張るから、頑張ろう!」

「おっ、おう?」

恋次は私が急に活力を取り戻したのに驚きつつも、シャーペンを握った。

私が赤点をとらないように教え続けてくれた白哉は、自分に利益がないのに私を心配してこんな苦労をしてくれていた。それがわかっただけで、私は嬉しかった。私と白哉の間にはちゃんと友人という関係があったのである。そんな事を他人にできる訳がないのだから。

絶対にいい点数をとって、白哉に感謝を伝えたい。私はその思いで恋次に問題を教えながら、自分も問題集と向き合い続けた。図書室にいた人も段々と疎らになり、私たちだけになった頃、恋次がシャーペンを投げ捨てた。


「っしゃ、できたー!!」

「え、やったー!えらい、恋次〜!」

私たちは誰もいないことをいいことに、提出範囲の問題集を終えた恋次と思いきりハイタッチをして喜んだ。

「やればできるじゃん、恋次!最後の方、自力で出来てたし!」

「あったりめーだ!まあ8割お前のお陰。ありがとな、なまえ!」

「残りの謎の2割は何なわけ?」

「俺の秘めた才能に決まってんだろ」

自信に満ちた顔で言い切る恋次を呆れた顔で見たものの、恋次があまりにも嬉しそうなので思わず顔が緩んだ。恋次のその嬉しい気持ちがすごくわかってしまう。馬鹿仲間がこうも成長したことが私にも十分嬉しかった。もしかしたら、白哉もあの時こんな気持ちで微笑んでくれていたのかもしれない、と思えばさらに笑みがこぼれる。

「元を辿れば私を教えた白哉のおかげだし本当に私たち感謝しなくちゃなぁ」

「本当にな〜、お前は俺の分まであの男に礼しといてくれよ」

恋次が伸びをしながら言うのを聞いて、私は苦笑した。私はこれから、どう関わるべきなんだろうか。白哉が私を友達として大切に思ってくれていたことはわかった。でもその優しさに、余計好きになってしまったのが事実である。

でも今日だって、私の考え過ぎで重い空気になっただけかもしれない。私のこの気持ちが邪魔をして勝手に関係を気まずくしているのなら、こんな気持ち捨ててしまえば白哉と今後も仲良くできるかもしれないじゃないか。そう思うと、何故か安堵するはずの胸が妙に痛んだ。

「おら、しっかりしろ」

「いっ!!いった、痛すぎ!!」

私があんまりにも考え込んでいたのが気になったのか、恋次は私の額に思いきりデコピンを食らわせた。私が驚いて顔を上げると、恋次は頬杖をついている。そして、まるで見透かすような目で私を見ていた。

「なまえはどうしたいんだよ?」

「…え?」

「お前のことだし、相手のこと考えようとするつもりが悪く深読みしてどうせ空回ってんだろ」

「……」

何で馬鹿のくせに、この男はこういう時だけ鋭いんだ。私がわかりやすいのか、恋次の勘が異常にいいのか。どちらにせよバレバレなこの状況は誤魔化しきれない。私は思い切って重い口を開いた。

「私は…、ずっと仲良くしてたい」

「それにはどうしたらいいか考えたか?」

「…気まずくなるなら諦めようかなって。友達でもいられなくなる方が辛い。相手の気持ちもわからないし、迷惑かなって…」

私がそういって俯いた時、恋次の手が思いきり私の制服のリボンを掴んで、顔を引き上げた。びっくりしすぎて後ろに倒れそうにすらなりながら、慌てて机を掴めば間髪入れずに怒声が飛んできた。

「馬鹿かお前は!相手の気持ちなんて分かるわけないだろ!自分の気持ちもろくにわかってねぇのに、一丁前に相手の事ばっか考えてそれでこれから先、気ぃ使って顔色伺って、友達としても長続きすんのか!」

その言葉にハッとして、私は思わず泣きそうになった。恋次の言葉は荒っぽい。けれど、悔しいくらいにその通りである。確かに私は悪い方に考えては言い訳ばかりだ。相手を考えているようで、実のところは傷付かないように逃げ回っていただけなのかもしれない。

こんな臆病な私を面と向かって叱ってくれる友人に、私は小さく頷いた。

「……うん…私、言う」

このまま逃げて伝えなかったら、私はきっとずっと、白哉を思い続けなければならない。諦められないままじゃなく、ちゃんと告白して、振られて、そして友達でいて欲しい事も、たくさんの感謝も伝えなきゃいけない。私らしく、これからも友達でいられるように。

「私、テストで良い点とってちゃんと気持ちも感謝も伝える…」

「ん、よく言った!ちょっと強くなったじゃねぇか」

恋次にくしゃくしゃに頭を乱されながら、私はやっと決意を固めた。気持ちが固まると同時に、白哉をどれだけ好きかすごく思い知らされる。こんなに不安で、こんなにも苦しい。でも白哉を思い出すだけで、同じくらい嬉しくて、幸せなのだから。

絶対に赤点をとらないように、頑張らなきゃいけない。今日は金曜日、来たるテストは3日後の月曜日だ。告白する日は、テスト返却日を考えても来週の末にはやってくる。

すでに緊張し、汗ばみ出した手を固く握って私は恋次と立ち上がった。もう外は薄暗くなっていて、冷たい風が頬に刺さるように痛かった。だけど北風以上に私の身を蝕むような不安と緊張は、帰り道もずっと臆病な私の胸をチクチクと痛め続けていた。


Question 4.
Can we still be friends?
(友達ではいられますか?)


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