Q3


その後の2限を全く集中できないまま放課後を迎えた。終礼が着々と進められる中、まだ一言もしゃべれないでいる。どう話しかけようか、ということで頭がいっぱいのまま私を置いて時間だけが進む。

「きりーつ、礼」

委員長の気怠げな終礼の挨拶の声で、私はようやくハッとして立ち上がった。もう時間がない。このまま帰ってしまっては明日から更に気まずくなってしまうことは明白だった。教室が椅子を引く音で騒がしくなる中、私は咄嗟に白哉の制服を掴んだ。

「待って、白哉」

振り返った白哉は少し目を見開いてから、何も言わずに目を伏せる。それは十分に私の胸にえぐった。苦しい胸を悟られてしまわないように筆記用具を突き出せば、ようやく白哉の伏せた睫毛が上向く。


「ごめん、あの…借りてばっかり、で…」

いつも終礼で話しながら返していたのに、こんな気まずい空気で返したのは初めての事だ。なんでこんな事になったんだろう。

改めて泣きそうになる気持ちを抑えて俯けば、白哉の手が伸びて私の手を掴んだ。手を掴まれたことを不思議に思い、思わず顔をあげれば私よりも何か苦しげな顔がそこにあった。


「え…白哉?」

白哉は私の声にハッとした様子で私の方を見た。ばちっ、と目があってしまった私はこんな時にも顔が熱くなるのを感じた。恥ずかしさで目をそらしたいのに、それが出来ない。そらしてしまえば私の気持ちが気付かれてしまいそうで、私は吸い込まれそうなほど綺麗な紫色を帯びた目を見つめ返した。

「…っ、見るな」

「え…、」

思わず泣きそうな気持ちも忘れるほど驚いていた。白哉がそらした顔は、私が見たこともない表情だったからである。横顔から見える、髪に隠れた頬が僅かに赤い。


「おい、なまえ!帰るぞ!」

白哉の表情に驚くと同時に間髪入れずに恋次の無駄に大きい声が背中にかけられていた。慌てて振り返れば、教室の扉ほどの丈がある長身が鞄を背中に回して立っている。

「あっ、ごめん今行く」

「……返さなくていい」

パッと離された手に、私は驚いて恋次から白哉に視線を戻した。白哉はすでにマフラーを巻きながら椅子を戻している。温もりが離れた手が、やけに肌寒く感じた。

「え、待って白哉、どういう…」

「何度も言わせるな」

「だって、これ…」

「…捨てればいい。今後あの男に借りろ」

白哉はそう言い残し、私の横を通り過ぎていった。後ろでドアが静かに閉まる音がするまで私は根が張ったかのように動けずにいた。どうして、と疑問ばかりが渦巻く中、ふいに恋次の手が肩に置かれる。

「あいつ、有名な朽木白哉だろ?お前、仲良かったのか?」

「あ…うん…でも、今は…分からない」

「は?どういう意味だよ喧嘩したのか?」

心配そうに私の顔を覗き込んできた恋次に、私は首を横に振って、無理に笑顔を貼り付けた。元々勝手に呼び捨てして、馴れ馴れしくして、舞い上がって。私が片想いしていただけなのだから。そう言い聞かせた。


「…んーん、何でもない。勉強しに行こ」

「ふーん、まぁ話したくなったら言え」

「……ならないよ馬鹿」

恋次はとてもいい友達だと改めて思った。こんな見た目だから誤解されがちではあるが相手の気持ちをよく汲みとれる。今もきっと腑に落ちないだろう。なのに無理に聞かずに私の鞄だけ奪い取って歩いてくれている。

でも、これが友達なんだとしたら。白哉と私はなんだったのだろう。図書館までの道のりに、私達の関係を表す言葉は悲しいことに1つも見つからなかった。


Question 3.
What am I to you ?
(あなたと私の関係って何?)

[ top ]