Q2


「違う、xの部分をまず計算してみろ」

「えー…えっと…」

何故こうなった。私は全く集中できない数学に頭を悩ませながら、必死に公式を記憶から引っ張り出した。

あれから数学に真剣に向き合い出した私が教科書の問題ごときに苦闘する姿を見かねてか、白哉が数学の授業後の休憩時間に面倒を見てくれるようになった。休憩時間は本を読んでいる白哉にとっては迷惑極まりないだろう。しかし休憩時間に話すこと等片手で数えるほどしかなかった私にはとてつもない進歩とも言える。ありがとう神様大好きと何度つぶやいたことだろう。

「あ!kをまず置き換える?」

「何に置き換える」

「えーっと、k=2のとき?」

「…よく思い出したな」

嬉しくなってパッと笑顔で白哉を振り向けば白哉がびっくりするほど優しく笑っていた。表情の変化が乏しい彼の、少しだけ上がった口角は私の思考を真っ白にするには十分な破壊力である。思考も言葉も完全に真っ白だ。これではせっかく覚えた今の知識など全て吹き飛んでしまったではないか。

私が茫然と白哉を見ているのを気づいてか、白哉は少し目を見開き、それから私の頬を掴んだ。

「え、なっ、いたたたた!」

「集中しろ、さっさと解け」

「ごめんごめん解きます!」

私はつねられていた頬を押さえながら慌ててシャーペンを握り直し、再び問題に向き合った。頭の中はそれどころじゃないくらいぐちゃぐちゃだが私は幸せを噛み締めて何とか数字を書き出した。

しかしテストはもう3日後に迫っている。あれから必死に勉強をしたおかげで、随分問題が解けるようになったがまだまだこうして白哉の助けがいる。解けるようになったのも、9割、いや10割白哉のおかげなのだが。

あと少しで大嫌いな問題との戦いが終わるという時に、急に視界が暗くなった。しかし背中にめり込んでいる嫌味なほど大きい塊に、最早見なくても誰かわかるというものである。

「……乱菊…!」

「あら、まだ誰かも聞いてないのによくわかったわね!」

「背中にご自慢の凶器めり込んでるんですけど」

「やぁね、私の愛と夢がつまってるのに」

パッと手を退けてからわざわざ私の前に移動してきた乱菊は、私と白哉を見比べるように交互に見ている。気にしていたら時間がいくらあっても足りないことはわかっているため再び問題に意識を向かわせた時、乱菊が唐突に口を開いた。

「最近ずっと一緒よね、付き合ったの?」

「はいはいわか…っえ!?はぁ!?」

「あ、違ったァ?じゃあ何?」

「どっからどうみてもめちゃくちゃ勉強してるじゃん!」

きっぱり言い捨てておいたがこの流れはまずい。乱菊の余計な一言に、白哉はどう思ったのだろう。距離を置かれるんじゃないだろうか、誤解なんて迷惑だったはずだ。悪い想像を打ち消したくて、私は慌てて白哉の方を振り返った。

「あの、白…」

「よぉ、なまえ!」

「…うわ、恋次」

今度はこちらの声すら遮る大きい声と図体が、目の前に仁王立ちしているではないか。乱菊に加え、恋次まで現れてしまっては最早勉強どころではない。すっかりノートには影が落とされている。

「お前どうも最近数学極めてるらしいじゃねぇか」

「…恋次も馬鹿なんだからいつまでも部活いってないでテスト勉強しなよ、フットサルは助けてくれないよ」

「言われなくても今日からやるっつーの!あー…ほら、最近一緒に帰れてなかっただろ?部活休みだから放課後帰ろうぜ」

恋次が気まずそうに頭をかいているのをみて、私は眉間に皺を寄せた。こいつの目論見くらいわかる、腐れ縁で伊達に長引いた友人歴を舐めないでもらいたいものである。

「…帰ろうとか言いつつ、私に勉強教えてもらおうって魂胆でしょ」

「……」

急に黙った恋次に私はため息ついた。全くわかりやすい。私としてはメリットなんてないが、馬鹿仲間だったぶん見捨てにくいのが本音だ。まぁ復習くらいにはなるだろうか。

「…わかったわかった、放課後図書室いってから帰ろっか」

「マジかよ!?っしゃサンキュー!」

「え、ずる〜い!私にも!」

「あんたは彼氏ばっかりじゃん!」

拳を突き上げて喜ぶ恋次に私は呆れながらもつい微笑んでいた。乱菊はこうは言っても放課後は彼氏と会うため絶対参加はしないだろう。サボり魔の割にそこそこ頭がよくてなんだかんだ赤点を免れているから本当に悔しいばかりだ。まぁ乱菊なら今回も恐らく大丈夫だろう。

「じゃあなまえ、放課後な!」

チャイムが鳴り始め、帰っていく2人の背中を見送りながら、私はハッとして慌てて白哉の方を向いた。白哉は何を考えているのか、私と同じように恋次と乱菊の背中を見ていた。

「問題、途中だったのにごめん…」

「…ああ、構わぬ」

私の方を一瞬見た白哉がまた前を向いてしまうのになんとなく気まずさを感じながら私は次の授業の教科書を出した。再びぐるぐると不安が渦巻く中、白哉が静かに口を開いた。

「…随分と仲がいいのだな」

「え?あ…恋次?」

私は白哉のいった意味がわからず、言葉の意味を考えながら首を縦に振った。恋次とは昔からの腐れ縁で確かに仲良しだけど、それがどうしたのだろう。野蛮そうに見える男だから、知り合いなのが不思議なんだろうか。

「恋次、いい奴なんだよ。フットサル部の部長なんだ。サッカーすればいいのに、なんでフットサルなんだろね」

私はとりあえず当たり障りのない返事をしながら、本当は不安で仕方なかった。白哉の顔が、何故か少し険しいからだ。私は基本的に悲観的な性格だから、悪い予想ばかり浮かんでしまう。

「…私ではなくあの男に借りればよかろう」

こういう時に限ってなかなか現れない教師にまたざわつき出した教室で、白哉の一言は些細な音でしかないはずなのに、私にはとてもはっきりと、冷たく聞こえた。

「え…」

白哉の冷たく突き放すような声に、私は時が止まったように頭が回らなくなった。乱菊が誤解したこと、途中で集中せずに会話してたこと、恋次と仲がいいのだということ、一体何に私は呆れられてしまったのだろう。

心拍数が邪魔をし、私が言葉を紡げないまま止まっていると教師が教室を一喝する声が遠巻きに聞こえた。授業が始まるのだ。私は授業なんて耳に入ってこないまま、ずっとノートに視線を落としていた。

Question 2.
What brought this on?
(どうしてこうなったの?)

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