Q7


あの後の授業はおろか、終礼すらも全く耳に入らないまま放課後を迎え、人も疎らになっていく教室に私は立ち尽くしていた。

乱菊は私の席の横を通り、頑張ってね、と口パクで伝えてから教室を出て行った。必死にしがみつきたい衝動をこらえて手を振ったが事実今すぐ帰りたいのが本音だ。白哉が鞄に教科書をしまうのを横目に見て、私もみんなに怪しまれないように無駄に机の中を探り、置き勉のくせにノートを引っ張り出したりしていたが明らかに挙動不振だろう。

「…なまえ」

「ひゃっ!?」

急に近くで聞こえてきた声に、思わず素っ頓狂な奇声をあげてしまった。慌てて振り向けば、すぐそこに白哉が立っている。こんな近くに接近されて気づかないなんて、私の異様さは半端じゃないだろう。

「…行くぞ」

「え?」

白哉に腕を掴まれて、私は驚きながらも慌てて足を動かし教室を出た。何人か残っていたクラスメイトからの視線が背中に突き刺さっているのを感じ、私は恥ずかしさで無意識に俯いていた。

何も隠さない堂々とした白哉は、私と正反対だと改めて思う。いつも自分を貫く白哉とは違い、私はすぐに迷うし他人の目ばかり気にしてしまう。今だって、意識はクラスメイトにどう思われたのかということばかりに向いているのだから。

「あの、白哉、」

「…なんだ」

「どこ、いくの?」

私は歩幅の違いでいつの間にか小走りになっていた。若干息を切らしながら前を歩く白哉に問いかけたが、彼は私の不安を余所に全く足を止めず先へ先へと歩いている。どうしよう、とすでに私は内心半泣き状態である。

「帰るに決まってるだろう」

「え、でも、私の家逆だから…」

「…送らずに帰るわけがない」

白哉がさも当然そうに言うので一瞬納得しかけたが、慌てて首を横に振った。いや、おかしい。そんな迷惑をかけるつもりで誘ったわけじゃないのだから。

「待って、白哉。そうじゃない」

気付けばもう中庭まで歩いていたらしい。私は立ち止まり、競歩の如く早かった白哉の歩行に、情けなくも肩で息をしていた。

「白哉、こっち向いて」

「…断る」

どうしよう、嫌われている。そう思った瞬間、私は思わず白哉の手を離していた。白哉から振り払われてしまっては立ち直れない。そう思った私の意気地なさからだ。結局私の勇気なんてテストと同じ、付け焼き刃の臆病者である。

「これ、見て欲しい。数学教えてくれて本当にありがとう」

私は鞄から取り出したテストをおずおずと差し出した。白哉は振り返らないままだったが私はテストを差し出したまま続けた。

「私、白哉に教わった数学を恋次にも同じように頑張って教えた。それで、白哉がどんなに大変な事をしてくれてたかよく分かった。本当に…ありがとう」

一言一言を噛みしめるように言って、白哉の背中を見つめた。ちゃんと言わなきゃ、と思うほどに、言葉が喉につっかえる。沈黙が続いていたが、ようやく意を決してぎゅっとブレザーの裾を握りしめた。

「白哉みたいな優しい友達がいて本当に幸せだな、白哉と知り合えて良かったなって思った。でも、その、本当は、」

「…私は、友達と思ったことなどない」

遮るように投げかけられた言葉に、思わず声を失った。友達じゃ、ない。呆然としている私を白哉はようやく振り返ったが私はまだ言葉を出せずにいた。白哉と私は、友達でもなかったのだろうか。じゃあ何になるのというのだ。

私が混乱した頭で一生懸命考えていると白哉は私の手からテストを受け取りながら、冷たく言った。

「…話はそれだけか?」

「…っ、」

こみ上げてきた涙を慌てて瞬きで追いやり、堪えるように唇を噛んだ。悲しみよりも、言い表せない痛みが、私の胸をじわじわと支配していく。白哉が解答用紙を開こうとするより早く、私は鞄から取り出したポーチを思い切り白哉に投げつけた。

「ば、バカ白哉!!私をなんだと思ってるの!友達にもなれないなんて私って何!」

もう歯止めがきかないほどに狂ってしまった私の一世一代の告白計画。堰を切ったように涙と言葉が溢れ出し、私は目を見開いている白哉にポーチを指差した。

「私だってそこまで馬鹿じゃないから、筆記用具くらい毎日持ってた!けど白哉との接点が欲しくて、出さなかっただけ!」

「…!」

私は涙を拭うことも忘れて、白哉を見た。私の気持ちなんて全く気づいていなかったのだろう。白哉は茫然としたまま私を見ていた。

「…伝えたかった。私、白哉を好きになって、毎日楽しくて毎日悩んで、白哉に会えるだけで嬉しかった。人を好きになるってこんなに苦しいけど、すっごく幸せなんだって白哉が教えてくれたから、」

涙で言葉を詰まらせながらも、言わなくちゃ、というその一心で私は嗚咽をかみしめ、精一杯微笑んだ。

「臆病な私を変えるチャンスをくれた白哉にありがとうって伝えたかった。白哉を好きになれてよかった。私、白哉が大好き」

全部言えた、という安心感がこみ上げたがそれと同時にこの関係が終わってしまう喪失感を苦しいほどに感じていた。もう、元には戻れない。私はなんだかんだ、覚悟していたのだ。今まで通り、普通通りなんてことが叶うわけがない。変わらない関係などなく、私達も変わってしまうのだ、と。

Question 7.
Are you afraid of getting
close to anyone or just me ?
(あなたは誰にでも近づく事を
恐れてる?それとも私だけ?)

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