07


凄まじく嫌な予感がする。先程から妙な胸騒ぎを感じるのだが、杞憂だろうか。そう思いながらも時計を見上げれば、成程といった具合に時刻は正午を迎えていた。

何を言おうがこの時間帯は必ず六番隊を訪れて、いや襲撃しに来ていた隊士がいる。その名を名字男装名、と言っただろうか。本人を表したようなあの猪突猛進な霊圧が感じられないのだから、恐らく今日は来ていないのだろう。勿論来ないに越したことはないのだが、来なければそれもどこか不気味というものである。

「…そろそろ懲りたか」

昨日書類を届けに来た隊士により、あれから恋次に悉く門前払いをされては立ち入りを禁じられているとは聞いていた。私にあのような冷たい対応をされていた割には中々長く持った方だろう。そう思っては無理に自分を安堵させたが、よくよく考えれば同性にして私に妙な好意を抱くあの破天荒な男が果たしてそう容易く諦めるだろうか。

隊士に聞いたと言うのも、実のところ彼の異様な存在は既に六番隊内に知れ渡っている。その話を振ってくる隊士も多く、一々相手せずに聞き流していたが、相当強いあの印象も相まって隊士から向けられた好奇の目は多い。となれば、手応えのなさと周囲からの目を気にしてそろそろ来なくなる頃かと予測していたのだが、どうも落ち着かないのだ。

先程から背筋に感じるこの妙な寒気を訝しみながらそっと書類から顔をあげれば、視界の机の端に肌色が見えた。

「…!?」

「あっ!お邪魔してます!」

思わず筆を落としかけるほど肩を揺らしたのは、私の脳内にいた紛れもない人物が机に顎をのせてこちらを見ていたからである。平然として相変わらずの柔和な笑みを浮かべて私を見ているが、これは幻覚だろうか。幻覚であればまだ幸いだったが、残念ながら現実は立ち上がって私に紙袋を突き出した。

「…な、何をしている」

「何って愛妻弁当の配達です!」

「…どこから湧いて出てきたのだ」

「やだなぁ、ウジ虫みたいに!」

何故か照れた様子の彼は、茫然としている私を気にも留めずに書類を片付け始めている。動揺している場合ではないのだが、あまりにも急な登場に思考がついて行かぬままだ。恋次が今日も隊舎前で張り込んでいるはずだったが、一体どうなっているのだろうか。

「はいどうぞ朽木隊長!今日は…」


言いかけた彼は弁当の蓋に手をかけかけて、それから思い出したかのように身動きを止めた。思わず身構えていた私だが、不思議に思ってようやく彼の顔に視線を移せば、いつもの満面の笑みがそこにはない。

「…あ、そうでした……」

「……」

「…あは、あははは!いや実は、えっと、俺のお弁当不味いそうで…」

あの見た目で何を今更、と言いたいところではあるが、そんなことを言ってしまえばどうなるかは予想がつくほどに目の前の男は眉を下げて俯いていた。一体どういうことだろうか。そう思って質問を投げかける代わりに目を見れば、気付いた彼が慌てた様子でその潤んだ目を細めた。

「…あっすみません!いや実は上司の方々に不味い下手だって言われてしまって…あはは、こんなお弁当持ってきて、俺、馬鹿ですね!ごめんなさい!」

「……」

「…っ、じゃあ俺、帰ります!失礼しました!」

そう言ってすぐに頭を下げて逃げるように扉から走り出ていった彼の足音の後、恋次の悲鳴が廊下に響き渡っていた。恐らくいつの間にか六番隊隊舎内にいた彼を追いかけているであろう激しい足音も聞こえる。それから間も無くしてようやく隊舎に静けさが戻り、私は息を吐いてから改めて目の前に置かれた弁当箱を見下ろした。

「…奇妙な男だ」

弁当箱の蓋に光る雫を見れば、どうやら彼の料理下手は無自覚だったと言ったところだろうか。まず見た目で気づくべきではないのかとも思うが、あんな顔で無理に笑われては拒絶の言葉も批判も言えるはずがない。

私はしばしその弁当箱の蓋を眺めていたが、もう一度深く息を吐き出してその横にある箸に手を伸ばした。


07:掴み損ねた胃袋




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